09/20のツイートまとめ

kanpi_history

友情が友情が、と言ってるやつが一番友情を信用していない。
09-20 14:26

絆創膏を貼ってしばらく経ち、それを剥がした後の、あの不快な臭い、何とかならんもんかねぇ。
09-20 14:28

田舎の書店は入荷が遅くて困る。ようやく入手できた。佐藤信弥著「周-理想化された古代王朝」中公新書ついでにと言っては失礼だが、良い機会なので、未読のままだった殷も入手。落合淳思著「殷-中国史最古の王朝」中公新書 https://t.co/oyKX1iKBFN
09-20 18:19

同感。都会のみなさんの先に読んだぜツイート見てると、欲しくて欲しくてたまらなくなってくる…。
09-20 19:00

三、人が幼児のとき、父母の養いかたが疎かであると、子は成長してから父母を怨む。子が成長して成人して、父母への仕えかたが粗末であると、父母は怒って子を責める。 #外儲説左上 #韓非子
09-20 19:13

親子は最も親しい間柄であるのに、あるいは責め、あるいは怨むというのは、皆、相手の為にしてやっている、という気持ちを差し挟んで、自分の為にしてくれることが充分ではない、と思うからである。 #外儲説左上 #韓非子
09-20 19:13

人を雇って種を蒔いたり耕したりさせるとき、主人は家財を使って食事を美味いものにし、布を吟味して銭にかえて備えるのは、雇っている者を愛するからではないのである。このようにすれば、深くしっかりと耕し、草抜きをしっかりと抜き取ってくれるだろう、と思うからである。 #外儲説左上 #韓非子
09-20 19:21

雇っている者が力を尽くして早く耕し草抜きをし、力を尽くしてしっかりと畝を作り畦を作るのは、主人を愛しているからではないのである。このようにすれば、汁は美味くなるだろうし、銭や布を支払ってくれるだろう、と思うからである。 #外儲説左上 #韓非子
09-20 19:27

主人が労力を出す者を雇っているのは、父が子に恵みを与えるようであり、そして雇われている者が心を周到に行き届かせるのは、皆、自分の為にやっている、という心持ちでいるからである。 #外儲説左上 #韓非子
09-20 19:32

故に人が事を行い施し与えるのは、これを己の利益に結びつけようという心持ちでいれば、越の人とでも仲良くなれるし、己の害になるという心持ちでいれば、父子の間柄であっても離反し、かつ怨むことになるだろう。 #外儲説左上 #韓非子
09-20 19:37


少し酒に酔ったので、たまには儒教について語ろうではないか。そうだな、江戸時代の日本における儒教について、でいこう。以前から少しずつ書き溜めていたものを適宜補ってまとめてみた。興味がおありなら、ご一読くだされ。
09-20 20:25

儒教の宗教性は確かに日本にも伝わった。しかしその宗教性は仏教に取り込まれ、儒教は儒学として、学問としての側面しか注目されなかった。今でも儒教は宗教ではない、という人がいるのも事実。果たして、そうであろうか。異論もあるだろうが、次に示すものはひとつの事実である。
09-20 20:27

ここに、近藤篤山と由路という者の問答が残っている。これは、近藤篤山の生きた江戸時代後期の世において、儒教が宗教としてはっきりと認識されていたことを示す資料である。仏教と儒教の関係性がうかがえる。仏教を退ける、と言っている。
09-20 20:28

由路「今日、仏教が大変盛んですが、今もし聖人が起こって天下の大政を握ったとすれば必ずこれを退けるでしょうか」近藤篤山「もちろん退ける」由路「どのようにして退けたらよいでしょう」
09-20 20:29

近藤篤山「暴を以て退けてはならない。聖人といえども、帝王の徳を修め、仁政に専念して、民衆が深く自己を信ずるようになって、始めてこれを退けることができるのである。そうでなければ、天下の民に仏教を信じる者大変多いので、大害を生じるであろう」
09-20 20:30

近藤篤山は、尾藤二洲に師事し、朱子学を学び、伊予小松藩の儒官として活躍した。佐久間象山に「徳行天下第一」と評された日本を代表する儒学者である。近藤篤山については、孝行者、教育者としての側面が強調され、目が行きがちであるが、同時に宗教者でもあった。なお、篤山の墓は儒式である。
09-20 20:32

では、その篤山から見た当時の儒学者たちはどうであっただろうか。皆が皆、篤山のような立派な姿勢であったかと言うと、そうでもないようだ。日本の儒学者も中国の春秋戦国時代の儒者たちと似たようなものである。韓非が儒家批判をしたくなるのも頷けるというもんである。
09-20 20:34

篤山は下記のように批判している。「今の学者は徒らに記誦文辞を以て事と為す。偶々利禄の罟(あみ)を脱すれば則ち必ず功名の阱(あな)に陥る。之を要するに小器小人の儒のみ。嗚呼、終身の力を尽して徒らに小人の道を成す。哀しい哉、故に君子学ばざれば則ち已む、学ばば大人の道を成さんと欲す」
09-20 20:34

さぁ、真面目な話はこのくらいにして。あとは酒でも飲みながら、今日買ってきた本を読もうではないか。
09-20 20:38

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プロフィール

韓非子 集中講義 石川 武志

Author:韓非子 集中講義 石川 武志
東洋大学中国哲学文学科に学ぶ。
中国学を志して、およそ20年。
専門は韓非子を中心に、古代中国における諸子百家の思想、哲学。
春秋戦国時代の法家、韓非子の翻訳、研究と解説。
韓非子集中講義主宰。

通背拳の伝承、指導。
日本白猿通背拳研究会を設立。

儒学者、近藤篤山の研究。
第二十四号 論語指導士
(論語教育普及機構認定)
http://p-kies.net/rongo/#r1/

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