韓非子 八姦 書き下し文

凡そ人臣の道(よ)りて姦を成す所の者、八術有り。

一に曰く、同牀(どうしょう)に在り。
何をか同牀と謂ふ。
曰く、貴夫人、愛孺子、便僻(べんぺき)好色、此れ人主の惑ふ所なり。
燕処の虞(たのし)みに託し、醉飽(すいほう)の時に乗じて、其の欲する所を求む。
此れ必ず聴かるるの術なり。
人臣為(た)る者、内、之に事(つか)ふるに金玉を以てし、其の主を惑はさしむ。
此れ之を同牀と謂ふ。

二に曰く、旁に在り。
何をか旁に在りと謂ふ。
曰く、優笑、侏儒、左右近習、此れ人主未だ命ぜずして唯唯、未だ使はずして諾諾。
意に先だち旨を承け、貌(かたち)を観、色を察し、以て主の心に先だつなり。
此れ皆、倶に進み倶に退き、皆(とも)に応じ、皆(とも)に対し、辞を一にして軌を同じくし、以て主の心を移す者なり。
人臣為(た)る者、内、之に事(つか)ふるに金玉玩好を以てし、外、之が為に不法を行ひ、之をして其の主を化せしむ。
此れ之を旁に在りと謂ふ。

三に曰く、父兄。
何をか父兄と謂ふ。
曰く、側室、公子、人主の親愛する所なり。
大臣、廷吏は人主の与(とも)に度計する所なり。
此れ皆力を尽くし議を畢(つ)くし、人主の必ず聴く所なり。
人臣為(た)る者、公子、側室に事(つか)ふるに音声子女を以てし、大臣、廷吏を収むるに辞言処約を以てす。
事を言ふて事成れば、則ち爵を進め禄を益(ま)し、以て其の心を勧め、其の主を犯さしむ。
此れ之を父兄と謂ふ。

四に曰く、殃(おう)を養ふ。
何をか殃を養ふと謂ふ。
曰く、人主、宮室台池を美にするを楽しみ、子女狗(こう)馬を飾るを好み、以て其の心を娯(たのし)ましむ。
此れ人主の殃なり。
人臣為(た)る者、民、力を尽くして以て宮室台池を美にして、賦斂(ふれん)を重くし、以て子女狗馬を飾り、以て其の主を娯(たのし)ましめて、其の心を乱る。
其の欲する所に従ひて、私利を其の間に樹(た)つ。
此れ之を殃を養ふと謂ふ。

五に曰く、民萌(みんぼう)。
何をか民萌と謂ふ。
曰く、人臣為(た)る者、公財を散じて以て民人を説(よろこ)ばせ、小恵を行ひて以て百姓を取る。
朝廷市井をして皆己を勧誉(かんよ)せしめて、以て其の主を塞ぎ、而して其の欲する所を成す。
此れ之を民萌と謂ふ。

六に曰く、流行。
何をか流行と謂ふ。
曰く、人主は其の言談を固壅し、論議を聴くこと希れなり。
移すに弁説を以てし易し。
人臣為(た)る者、諸侯の弁士を求め、国中の能く説く者を養ひ、之をして以て其の私を語り、巧文の言、流行の辞を為さしめ、之を示すに利勢を以てし、之を懼(おど)すに患害を以てす。
虚辞を施属して以て其の主を壊(まどは)す。
此れ之を流行と謂ふ。

七に曰く、威強。
何をか威強と謂ふ。
曰く、人に君たる者、群臣百姓を以て威強と為す者なり。
群臣百姓の善とする所、則ち君、之を善とす。
群臣百姓の善とする所に非ずんば、則ち君、之を善とせず。
人臣為(た)る者、帯剣の客を聚め、必死の士を養ひ、以て其の威を彰(あら)はし、己の為にする者は必ず利し、己の為にせざる者は必ず死するを明らかにし、以て其の群臣百姓を恐(お)どして、其の私を行ふ。
此れ之を威強と謂ふ。

八に曰く、四方。
何をか四方と謂ふ。
曰く、人に君たる者、国小なれば則ち大国に事(つか)へ、兵弱ければ則ち強兵を畏る。
大国の索(もと)むる所は、小国必ず聴く。強兵の加ふる所は、弱兵必ず服す。
人臣為(た)る者、賦斂を重くし、府庫を尽くし、其の国を虚にし、以て大国に事(つか)へて其の威を用ひ、其の君を誘ふを求む。
甚だしき者、兵を挙げて以て辺境に聚め、内に制斂す。
薄き者は数(しば)しば大使を内(い)れ、以て其の君を震(おど)す。
之をして恐懼せしむ。
此れ之を四方と謂ふ。

凡そ此の八者、人臣の道(よ)りて姦を成す所以、世主壅劫(ようきょう)せられて其の有る所を失ふなり。
察せざる可からず。


明君の内に於けるや、其の色を娯(たの)しみて、其の謁(えつ)を行はず、私請せしめず。
其の左右に於けるや、其の身を使ふに、必ず其の言を責めて、辞を益さしめず。
其の父兄大臣に於けるや、其の言を聴くなり。
必ず罰を以て後に任ぜしむ。妄挙せしめず。
其の観楽玩好に於けるや、必ず之をして出づる所有らしむ。
擅に進めしめず。擅に退けしめず。
群臣をして其の意を虞(はか)らしめず。
其の徳施に於けるや、禁財を縦(はな)ち、墳倉を発(ひら)き、民に利なる者は必ず君に出づ。
人臣をして其の徳を私せしめず。
其の説議に於けるや、称誉者の善とする所、毀疵(きし)者の悪(にく)む所は、必ず其の能を実にし、其の過を察し、群臣をして相(あい)為(ため)に語らしめず。
其の勇力の士に於けるや、軍旅の功、踰賞(ゆしょう)無く、邑闘(ゆうとう)の勇、赦罪(しゃざい)無し。
群臣をして私財を行はしめず。
其の諸侯の求索に於けるや、法なれば則ち之を聴き、不法なれば則ち之を距(ふせ)ぐ。


所謂亡君は其の国を有する莫きに非ず。
而して之を有する者皆己の有に非ざるなり。
臣をして外を以て制を内に為さしむ。
則ち是れ人に君たる者、亡するなり。
大国に聴くは亡を救はむが為めなり。
而るに亡は聴かざるより亟(すむや)かなり。
故に群臣に聴かず。
群臣聴かざるを知れば、則ち外諸侯に(市)(う)らず。
諸侯聴かざるを之(し)れば、則ち臣の誣(し)ふるを受けず。

明君の官職爵禄を為すや、賢材を進め有功を勧むる所以なり。
故に曰く、賢材は厚禄に処り、大官に任ず。
功大なる者、尊爵有り重賞を受く。
賢を官にする者、其の能を量(はか)り、禄を賦する者、其の功を称(はか)る。
是を以て賢者、能を誣(し)ひて以て其の主に事(つか)へず。
功有る者、楽しみて其の業に進む。
故に事成り功立つ。

今は然らず。
賢不肖を課せず。
功労有るを論ぜず。
諸侯の重を用ひ、左右の謁(えつ)を聴き、父兄大臣、上、爵禄を上に請ひて、下、之を売りて以て財利を収む。
及(すなは)ち以て私党を樹(た)つ。
故に財利多き者、官を買ひて以て貴を為す。
左右の交有る者、請謁(せいえつ)以て重を成す。
功労の臣、論ぜられず。官職の遷、失謬(しつびゅう)す。
是を以て吏、官を偸(ぬす)みて外交し、事を弃(す)てて財に親しむ。
是を以て賢者懈怠して勧まず。
有功者隳(おこた)りて其の業を簡にす。
此れ亡国の風なり。


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韓非子 有度 書き下し文

国、常強無く、常弱無し。
法を奉ずる者強ければ則ち国強し。
法を奉ずる者弱ければ則ち国弱し。


荊の荘王、国を幷(あは)すこと二十六。
地を開くこと三千里。
荘王の社稷を氓(うしな)ふなり。
而して荊以て亡ぶ。

斉の桓公、国を幷(あは)すこと三十。
地を啓(ひら)くこと三千里。
桓公の社稷を氓(うしな)ふなり。
而して斉以て亡ぶ。

燕の襄王、河を以て境と為し、薊を以て国と為し、涿方城を襲(おか)し、斉を残し中山を平らぐ。
燕有る者重く、燕無き者軽し。
襄王の社稷を氓(うしな)ふなり。
而して燕以て亡ぶ。

魏の安釐王、趙を攻め燕を救ひ、地を河東に取り、攻めて陶魏の地を尽くし、兵を斉に加へ、平日陸の都を私す。
韓を攻めて管を抜き、淇下(きか)に勝つ。
睢陽の事、荊軍老いて走る。
蔡召陵の事、荊軍破れ、兵、天下に四布し、威、冠帯の国に行はる。
安釐死して魏以て亡ぶ。


故に荊荘斉桓公有れば、則ち斉荊以て覇たる可く、燕襄魏安釐有れば、則ち燕魏以て強かる可し。
今、皆国を亡ぼす者は、其の群臣官吏、皆乱るる所以を務めて、治まる所以を務めざればなり。
其の国、乱弱なり。
又皆国法を釈てて其の外に私す。
則ち是れ、薪を負ひて火を救ふなり。
乱弱甚し。

故に今の時に当りて、能く私曲を去りて公法に就く者、民安くして国治まる。
能く私行を去りて公法を行ふ者、則ち兵強くして敵弱し。

故に得失を審らかにし、法度の制有る者、以て群臣の上に加ふれば、則ち主、欺くに詐偽を以てす可からず。
得失を審らかにし、権衡の称有る者、以て遠事を聴けば、則ち主、欺くに天下の軽重を以てす可からず。


今若し誉を以て能を進めば、則ち臣、上を離れて下に比周す。
若し党を以て官を挙ぐれば、則ち民、交を務めて法を用ふるを求めず。
故に官の能を失ふ者、其の国乱る。

誉を以て賞を為し、毀を以て罰を為さば、則ち賞を好み罰を悪むの人、公行を釈てて私術を行ひ、比周以て相為にす。
主を忘れ、外に交わり、以て其の与を進むれば、則ち其の下、上の為にする所以の者薄し。
交衆(おほ)く与多く、外内朋党すれば、大過有りと雖も、其の蔽多し。
故に忠臣、非罪に危死し、姦邪の臣、無功に安利なり。

忠臣の危死する所以にして、其の罪を以てせずんば、則ち良臣、伏す。
姦邪の臣、安利なる、功を以てせずんば、則ち姦臣進む。
此れ亡の本なり。


是の若(ごと)くなれば則ち群臣、法を廃して私重を行ひ、公法を軽んじ、数(しば)しば能人の門に至り、一も主の廷に至らず。
私家の便を百慮し、一も主の国を図(はか)らず。
属数多しと雖も、君を尊ぶ所以に非ざるなり。
百官具すと雖も、国に任ずる所以に非ざるなり。
然らば則ち主、人主の名有りて、実は群臣の家に託するなり。

故に臣曰く、亡国の廷には人無し、と。
廷に人無しとは、朝廷の衰ふるに非ざるなり。


家、務めて相益し、国を厚くするを務めず、大臣、務めて相尊くして、君を尊ぶを務めず。
小臣、禄を奉じ交を養ひ、官を以て事と為さず。
此れ其の然る所以の者は、主の上、法に断ぜずして、下、之を為すに信(まか)すに由(よ)るなり。

故に明主、法をして人を択ばしむ。
自ら挙げざるなり。
法をして功を量(はか)らしむ。
自ら度(はか)らざるなり。

能者蔽(おほ)ふ可からず。
敗者飾る可からず。
誉むる者進むる能はず。
非(そし)る者退くる能わず。
則ち君臣の間、明弁にして治め易し。
故に主、法に讎すれば、則ち可なり。


賢者の人臣為(た)る、北面質を委し、二心有る無し。
朝廷には敢へて賤を辞せず、軍旅には敢へて難を辞せず。
上の為に順(したが)ひ、主の法に従ひ、虚心以て令を待ちて、是非する無きなり。
故に口有りて以て私言せず。
目有りて以て私視せず。
而して上、尽(ことごと)く之を制す。

人臣為(た)る者、之を譬(たと)ふるに手の若(ごと)し。
上、以て頭を修め、下、以て足を修む。
清暖寒熱、救はざるを得ず、鏌鋣(ばくや)体に傅(つ)けば、敢へて搏(と)らずんばあらず。
賢哲の臣に私する無く、智能の臣に私する無し。
故に民、郷越えて交わらず。
百里の慼(せき)無し。
貴賤相踰えず、愚智提衡して立つ。
治の至りなり。

今、夫れ爵禄を軽くし、去亡を易くし、以て其の主を択ぶは、臣、廉と謂はず。
説を詐り法に逆らひ、主に倍(そむ)きて強諫するは、臣、忠と謂はず。
恵を行ひ利を施し、下を収めて名と為すは、臣、仁と謂はず。
俗を離れ隠居して、以て上を非(そし)るは、臣、義と謂はず。
外、諸侯を使ひ、内、其の国を耗し、其の危険の陂(ひ)を伺ひ、以て其の主を恐れしめて曰ふ、交、我に非ずんば親しまず。
怨、我に非ずんば解けず、と。
而して主乃ち之を信じ、国を以て之に聴く。
主の名を卑しくして、以て其の身を顕し、国の厚を毀(こぼ)ちて、以て其の家を利するは、臣、智と謂はず。

此の数物は、険世の説にして、先王の法の簡(しりぞ)くるなり。


先王の法に曰く、臣、威を作(な)す或る毋(なか)れ。
利を作(な)す或る毋(なか)れ。王の指に従へ。
悪を作(な)す或る毋(なか)れ。王の路に従へ、と。
古は、世治の民、公法を奉じ、私術を廃し、意専らにし行を一にし、具して以て使を待つ。

夫れ人主と為りて、身(みずか)ら百官を察せば、則ち日足らず、力給せず。
且つ上、目を用ふれば則ち下、観を飾る。
上、耳を用ふれば則ち下、声を飾る。
上、慮を用ふれば則ち下、辞を繁くす。

先王、三者を以て足らずと為す。
故に己が能を舎(す)てて、法数に因(よ)り、賞罰を審らかにす。
先王の守る所は要なり。
故に法省きて侵されず、独り四海の内を制す。

聡智、其の詐を用ふるを得ず、陰躁、其の佞を関わふるを得ず、姦邪、依る所無し。
遠く千里の外に在るも、敢へて其の辞を易(か)へず、勢、郎中に在るも、敢へて善を蔽ひ非を飾らず。
朝廷、群下直湊し、単微にして敢へて相踰越(ゆえつ)せず。
故に治、足らずして、日、余り有り。
上の任勢然(しか)らしむるなり。


夫れ人臣の其の主を侵すや、地形の如し。
漸を即(つ)みて以て往き、人主をして端を失ひ、東西、面を易へて自ら知らざらしむ。
故に先王、司南を立てて、以て朝夕を端(ただ)す。
故に明主、其の群臣をして意を法の外に遊ばしめず、恵を法の内に為さざらしむ。
動くこと法に非ざる無し。
法、過遊を淩(ただ)し私を外にする所以なり。
厳刑は令を遂げ下を懲(こら)す所以なり。
威、貸錯せず。
制、門を共にせず。
威制共にすれば則ち衆邪彰(あらは)る。
法、信ぜずんば則ち君の行、危し。
刑、断ぜずんば則ち邪、勝(た)へず。

故に曰く、巧匠は目意、縄に中(あた)れども、然れども必ず先(ま)づ規矩(きく)を以て度と為す。
上智は捷挙(しょうきょ)事に中(あた)れども、必ず先王の法を以て比と為す、と。

故に縄、直にして枉木(おうぼく)斬られ、準、夷にして高科削らる。
権衡、県(かか)りて重、軽を益す。
斗石設けて多、少を益す。
故に法を以て国を治むるは、挙げて措くのみ。
法、貴に阿(おもね)らず、縄、曲に撓(たわ)まず。

法の加ふる所は、智者辞する能わず、勇者敢へて争わず。
過を刑するに大臣を避けず、善を賞するに匹夫を遺(す)てず。
故に上の失を矯(た)め、下の邪を詰(なじ)り、乱を治め繆を決し、羡(あまり)を絀(しりぞ)け非を斉(ひとし)くし、民を一にするの軌は、法に如くは莫し。
官を属(はげま)(厲)し民を威(おど)し、淫殆(いんたい)を退け、詐偽を止むるは、刑に如くは莫し。
刑重ければ則ち敢へて貴を以て賤を易(かは)らず。
法、審らかなれば則ち上、尊くして侵されず。
上、尊くして侵さざれば、則ち主、強くして守り要なり。

故に先王、之を貴みて之を伝ふ。

人主、法を釈てて私を用ふれば、則ち上下別(わか)たず。




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韓非子 主道 書き下し文

道は万物の始め、是非の紀なり。
是を以て明君、始(はじめ)を守り、以て万物の源を知り、紀を治めて以て善敗の端を知る。
故に虚静以て待ち、令、名をして自ら命ぜしむ。
事をして自ら定めしむ。
虚なれば則ち実の情を知る。
静なれば則ち動の正を知る。

言有る者、自ら名を為す。
事有る者、自ら形を為す。
形名参同すれば、君乃ち事無し。
之を其の情に帰す。

故に曰く、君、其の欲する所を見(あらは)す無かれ。
君、其の欲する所を見(あらは)さば、臣自ら将に雕琢(ちょうたく)せむとす。
君、其の意を見(あらは)す無かれ。
君、其の意を見(あらは)さば、臣将に自ら表異せむとす。

故に曰く、好を去り、悪を去り、臣、乃ち素を見(あらは)す、と。
旧を去り、知を去り、臣、乃ち自ら備ふ。

故に智有りて以て慮らず、万物をして其の処を知らしむ。
行有りて以て賢とせず。
臣下の因(よ)る所を観る。
勇有りて以て怒らず、群臣をして其の武を尽くさしむ。
是の故に智を去りて明有り。
賢を去りて功有り。
勇を去りて強有り。
群臣職を守り、百官常有り。
能に因(よ)りて之を使ふ。
是を習常と謂ふ。

故に曰く、寂乎(せきこ)として其れ位無くして処る。
漻乎(りょうこ)として其の所を得る莫し、と。
明君、上為す無くして、群臣、下に竦懼(しょうく)す。


明君の道、智者をして其の慮を尽さしめて、君因(よ)りて以て事を断ず。
故に君、智に窮せず。
賢者、其の材を勅(いた)し、君因(よ)りて之に任ず。
故に君、能に窮せず。
功有れば則ち君其の賢を有し、過(あやまち)有れば則ち臣其の罪に任ず。
故に君子、名に窮せず。
是の故に不賢にして賢者の師と為り、不智にして上智者の正と為る。
臣、其の労を有し、君、其の成功を有す。
此れ之、賢主の経と謂ふなり。


道は見る可からざるに在り。
用は知る可からざるに在り。
虚静にして事無く、闇を以て疵を見る。
見て見ず。聞きて聞かず。知りて知らず。
其の言を知りて以て往き、変ずる勿れ、更(あらた)むる勿れ。
以て参合して閲せよ。
官一人有り。
言を通ぜしむる勿れ。
則ち万物皆尽く、其の跡を函掩(かんえん)し、其の端を匿さば、下、原する能はず。

其の智を去り、其の能を絶たば、下、意(はか)る能はず。
吾が往く所以を保ちて之を稽同し、謹みて其の柄を執りて固く之を握り、其の望を絶ち、其の意を破り、人をして之を欲せしむる毋(なか)れ。

其の閉を謹まず、其の門を固くせずんば、虎乃ち将(まさ)に存せむとす。
其の事を慎まず、其の情を掩(おほ)わずんば、賊乃ち将(まさ)に生ぜむとす。
其の主を弑し、其の所に代わる。人、与(くみ)せざる莫し。故に之を虎と謂ふ。
其の主の側に処り、姦臣の為に其の主の忒(とく)を聞(うかが)ふ。
故に之を賊と謂ふ。
其の党を散じ、其の余りを収め、其の門を閉じ、其の輔を奪へば、国乃ち虎無し。
大、量る可からず、深、測る可からず。
形名を同合し、法式を審験し、擅に為す者誅すれば、国乃ち賊無し。


是の故に人主、五壅有り。
臣其の主を閉づるを壅と曰ひ、
臣財利を制するを壅と曰ひ、
臣擅(ほしいまま)に令を行ふを壅と曰ひ、
臣義を行ふを得るを壅と曰ひ、
臣人を樹(た)つるを得るを壅と曰ふ。

臣、其の主を閉づれば則ち主、明を失す。
臣、財利を制すれば則ち主、徳を失ふ。
臣、擅に令を行へば則ち主、制を失す。
臣、義を行ふを得ば則ち主、名を失ふ。
臣、人を樹(た)つるを得ば則ち主、党を失ふ。
此れ人主の独り擅にする所以なり。
人臣の操るを得る所以に非るなり。


人主の道、静退以て宝と為す。
自ら事を操(と)らずして、拙と巧とを知る。
自ら計慮せずして、福と咎とを知る。
是を以て言はずして善く応じ、約せずして善く増す。
言已に応ずれば則ち其の契を執る。
事已に増せば則ち其の符を操る。
符契の合する所、賞罰の生ずる所なり。

故に群臣、其の言を陳し、君其の言を以て其の事を授け、其の事を以て其の功を責む。
功其の事に当たり、事其の言に当たれば則ち賞し、功其の事に当たらず、事其の言に当たらずんば則ち誅す。
明君の道、臣言を陳して当たらざるをえず。
是の故に明君の賞を行ふや、曖乎、時雨の如し。
百姓其の沢を利す。
其の罰を行ふや、畏乎、雷霆の如し。
神聖も解く能はざるなり。
故に明君、賞を偷(も)する無く、罰を赦す無し。


賞偷(も)すれば則ち功臣其の業に墯(をこた)る。
罰赦さば則ち姦臣非を為し易し。
是の故に誠に功有れば、則ち疏賤と雖も必ず賞し、誠に過有れば、則ち近愛と雖も必ず誅す。
近愛必ず誅すれば、則ち疏賤の者怠らずして、近愛の者驕らざるなり。




テーマ : 中国古典・名言
ジャンル : 学問・文化・芸術

韓非子 愛臣 原文(白文)

愛臣太親。必危其身。
人臣太貴。必易主位。
主妾無等。必危嫡子。
兄弟不服。必危社稷。

臣聞。千乘之君無備。必有百乘之臣在其側。以徙其民而傾其國。
萬乘之君無備。必有千乘之家在其側。以徙其威而傾其國。

是以姦臣蕃息。主道衰亡。
是故諸侯之博大。天子之害也。
群臣之太富。君主之敗也。
將相之後主而隆家。
此君人者所外也。

萬物莫如身之至貴也。位之至尊也。主威之重。主勢之隆也。
此四美者。不求諸外。不請於人。議之而得之矣。

故曰。人主不能用其富。則終於外也。
此君人者之所職也。


昔者紂之亡。周之卑。皆從諸侯之博大也。
晉之分也。齊之奪也。皆以羣臣之太富也。
夫燕宋之所以弒其君者。皆以類也。
故上比之殷周。中比之燕宋。莫不從此術也。
是故明君之蓄其臣也。盡之以法。
質之以備。故不赦死。不宥刑。
赦死宥刑。是謂威淫。
社稷將危。
國家偏威。
是故大臣之祿雖大。不得藉威城市。
黨與雖衆。不得臣士卒。

故人臣處國無私朝。居軍無私交。
其府庫不得私貸於家。
此明君之所以禁其邪。

是故不得四從。不載奇兵。
非傳非遽。載奇兵革。罪死不赦。

此明君之所以備不虞者也。


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韓非子 愛臣 書き下し文

愛臣太(はなは)だ親しければ、必ず其の身を危くす。
人臣太(はなは)だ貴ければ、必ず主位を易(か)ふ。
主妾等無ければ、必ず嫡子を危くす。
兄弟服せざれば、必ず社稷を危うくす。

臣聞く、千乗の君備(そなへ)無くんば、必ず百乗の臣其の側に在り、以て其の民を徙(うつ)して其の国を傾くる有り。
万乗の君備(そなへ)無くんば、必ず千乗の家其の側に在り、以て其の威を徙(うつ)して其の国を傾くる有り。

是を以て姦臣蕃息し、主道衰亡す。
是の故に諸侯の博大なるは天子の害なり。
群臣の太(はなは)だ富むは、君主の敗なり。
将相の主を後にして家を隆にす。
此れ人に君たる者の外にすべきなり。

万物、身の至貴、位の至尊、主威の重、主勢の隆に如く莫し。
此の四美の者、諸を外に求めず、人に請はず、之を議して之を得。

故に曰く、人主其の富を用ふる能わずんば、則ち外に終わるなり。
此れ人に君たる者の職(し)るべき所なり。


昔者(むかし)、紂の亡ぶる、周の卑しき、皆諸侯の博大なるに従(よ)るなり。
晋の分かるる、斉の奪はるる、皆群臣の太(はなは)だ富むを以てなり。
夫(か)の燕宋の其の君を弑する所以の者は、皆類を以てなり。
故に上、之を殷周に比し、中、之を晋斉に比し、下、燕宋に比するに、此の術に従はざる莫し。
是の故に明君の其の臣を蓄(やしな)ふや、之を尽くすに法を以てす。
之を質(ただjすに備(そなへ)を以てす。
故に死を赦さず、刑を宥(ゆる)さず。
死を赦し、刑を宥(ゆる)す、是れ威淫と謂ふ。
社稷将(まさ)に危うからむとす。
国家偏威す。
是の故に大臣の禄、大と雖も、威を城市に藉(か)るを得ず。
党与、衆(おほ)しと雖も、士卒を臣とするを得ず。

故に人臣、国に処れば私朝無く、軍に居れば私交無し。
其の府庫、私に家を貸すを得ず。
此れ明君の其の邪を禁ずる所以なり。

是の故に四従を得ず、奇兵を載せず。
伝に非ず、遽に非ずして、奇兵革を載すれば、罪死赦さず。

此れ明君の不虞に備ふる所以なり。


テーマ : 中国古典・名言
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

韓非子 集中講義 石川 武志

Author:韓非子 集中講義 石川 武志
東洋大学中国哲学文学科に学ぶ。
中国学を志して、およそ20年。
専門は韓非子を中心に、古代中国における諸子百家の思想、哲学。
春秋戦国時代の法家、韓非子の翻訳、研究と解説。
韓非子集中講義主宰。

通背拳の伝承、指導。
日本白猿通背拳研究会を設立。

儒学者、近藤篤山の研究。
第二十四号 論語指導士
(論語教育普及機構認定)
http://p-kies.net/rongo/#r1/

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