韓非子 定法篇 書き下し文

問ふ者曰く、申不害、公孫鞅、此の二家の言、孰(いづ)れか国に急なる、と。


之に応(こた)へて曰く、是れ程す可からざるなり。
人、食はざること十日なれば則ち死す。大寒の隆、衣(き)せざるも亦死す。
之を衣食孰(いづ)れか人に急なると謂はば、則ち是れ一も無かる可からざるなり。皆、生を養ふの具なり。

今、申不害は術を言ひ、而して公孫鞅は法を為す。
術は、任に因(よ)りて官を授け、名に循(したが)ひて実を責む。殺生の柄を操(と)り、群臣の能を課する者なり。
此れ人主の執る所なり。
法は、憲令、官府に著し、刑罰、民心に必す。賞は法を慎むに存し、而して罰は令を姦(をか)すに加ふる者なり。
此れ臣の師とする所なり。
術無くんば則ち上に弊(おほ)はれ、臣法無くんば則ち下に乱る。
此れ一も無かる可からず。皆、帝王の具なり。


問ふ者曰く、徒(た)だ術にして法無く、徒(た)だ法にして術無き、其の不可なるは何ぞや、と。


対(こた)へて曰く、申不害は韓の昭侯の佐なり。
韓は晋の別国なり。晋の故法、未(いま)だ息(や)まず。而して韓の新法、又(また)生ず。
先君の令、未(いま)だ収めず。而して後君の令、又(また)下る。
申不害、其の法を擅(ほしいまま)にせず、其の憲令を一にせず。則ち姦多し。
故に利、故法前令に在れば則ち之に道(よ)り、利、新法後令に在れば則ち之に道(よ)る。
利、故新相反し、前後相悖(もと)るに在れば、則ち申不害、十たび昭侯をして術を用ひしむと雖も、而れども姦臣猶(な)ほ其の辞を譎(いつは)る所有り。
故に万乗の勁韓に託し、十七年にして覇王に至らざる者は、術を上に用ふと雖も、法、官に勤飾(きんちょく、飾=飭)せざるの患なり。

公孫鞅の秦を治むるや、告相坐を設けて其の実を責め、什伍を連ねて其の罪を同じくす。
賞厚くして信、刑重くして必。
是を以て其の民、力を用ひ、労して休せず。敵を逐(お)ふに、危くして却(しりぞ)かず。
故に国富みて兵強し。

然り而して術の以て姦を知る無ければ、則ち其の富強を以て、人臣に資するのみ。
孝公商君死し、恵王位に即くに及びて、秦法未(いま)だ敗れず。
而して張儀、秦を以て韓魏に殉(したが)ふ。
恵王死し、武王位に即く。甘茂(かんも)秦を以て周に殉(したが)ふ。
武王死し、昭襄王位に即く。穰侯、韓魏を越えて東、斉を攻め、五年にして秦尺土の地を益(ま)さず。乃ち其の陶邑(とうゆう)の封(ほう)に城(きず)く。
應侯、韓を攻むること八年、其の汝南(じょなん)の封(ほう)に城(きず)く。
是より以来、諸(もろ)もろ秦を用ふる者、皆、応穰の類なり。

故に戦勝てば則ち大臣尊く、地を益(ま)せば則ち私封立つ。
主、術の以て姦を知る無ければなり。
商君、十たび其の法を飾(ととの、飭)ふと雖も、人臣反りて其の資を用ふ。
故に強秦の資に乗ずること十年にして、而かも帝王に至らざる者は、法、官に勤飾せずして主、上に術無きの患なり、と。


問ふ者曰く、主、申子の術を用ひて、官、商君の法を行はば、可ならんか、と。


対(こた)へて曰く、申子、未(いま)だ術を尽さず、商君、未(いま)だ法を尽さざるなり。
申子言ふ、治、官を踰(こ)えず、知ると雖も言はず、と。
治、官を踰(こ)えざるは、之を職を守ると謂ふ、可なり。
知りて言はざるは、是れ過ちと謂ふなり。
人主、一国の目を以て視る。故に視ること焉(これ)より明なるは莫し。
一国の耳を以て聴く。故に聴くこと焉(これ)より聡なるは莫し。
今、知りて言はずんば、則ち人主、尚(な)ほ安(いづ)くに假借(かしゃく)せんや。

商君の法に曰く、一首を斬る者は爵一級、官為(な)らんと欲する者は、五十石(せき)の官と為す。二首を斬る者は爵二級、官為(な)らんと欲する者は、百石の官と為す、と。
官爵の遷る、首を斬るの功と相称(かな)ふなり。
今、法有り。首を斬る者は医匠為(な)らしめんと曰はば、則ち屋(おく)は成らずして病は已(い)えじ。
夫(そ)れ匠は手巧(たくみ)なり。而して医は斉薬(せいやく)なり。
而して首を斬るの功を以て之を為さば、則ち其の能に当たらず。
今、官を治むるは智能なり。
今、首を斬るは、勇力の加はる所なり。
勇力の加はる所を以て、智能の官を治むるは、是れ首を斬るの功を以て医匠と為すなり。

故に曰く、二子の法術に於ける、皆未(いま)だ善を尽くさざるなり、と。


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韓非子 問田 書き下し文

徐渠(じょきょ)、田鳩(でんきゅう)に問ひて曰く、
臣聞く、智士は下を襲(かさ)ねずして君に遇せられ、聖人は功を見(あら)はさずして上に接す、と。
今、陽成義渠は明将なり。而るに毛伯に措(よ)る、公孫亶回(こうそんたんかい)は聖相なり。
而るに州部に関(よ)る、何ぞや、と。

田鳩曰く、
此れ他故異物無し。主、度有り、上、術有るの故なり。
且つ足下独り、楚、宋觚(そうこ)を将として其の政を失ひ、魏、馮離(ひょうり)を相として其の国を亡ぼせるを聞かずや。
二君は声詞に駆られ、弁説に眩(まど)はし、毛伯に試みず、州部に関(あずか)らず、故に政を失ひ国を亡(ほろぼ)すの患有りき。
是に由(より)て之を観れば、夫(か)の毛伯の試、州部の関無きは、豈(あ)に明主の備ならんや、と。



堂谿公、韓子に謂ひて曰く、
臣聞く、服礼辞譲は全の術なり。行を修め智を退くるは遂(すい)の道なり、と。
今、先生、法術を立て、度数を設く。
臣、窃(ひそ)かに以為(おもへ)らく、身を危くして躯を殆(あやう)くす。

何を以て之を効(いた)す。
聞ける所の先生の術に曰く、楚、呉起を用ひずして削乱し、秦、商君を行(もち)ひて富強なり、と。
二子の言、已に当たる。然り而して呉起、支解せられ、而して商君、車裂せらるる者は、世に逢ひ主に遇(あ)はざるの患なり。
逢遇(ほうぐう)は必ずす可からざるなり。
患禍(かんか)は斥(しりぞ)く可からざるなり。
夫(そ)れ全遂の道を舎(す)てて、危殆(きたい)の行を肆(ほしいまま)にす。
窃(ひそ)かに先生の為に取る無し、と。


韓子曰く、
臣、先王の言を明かさん。
夫(そ)れ天下を治むるの柄(へい)、民萌(みんぼう)を斉(ととの)ふるの度、甚(はなは)だ未(いま)だ処し易からざるなり。
然れども先生の教を廃して賤臣の取る所を行ふ所以の者、窃か(ひそ)かに以為(おも)ふ、法術を立て、度数を設くるは、民萌を利し、衆庶(しゅうしょ)に便する所以の道なり。
故に乱主闇上の患禍を憚らずして、必ず以て民萌の資利を斉(ととの)へんと思ふ者は、仁智の行なり。
乱主闇上の患禍を憚りて、死亡の害を避け、知明にして民萌の資利を見ざる者は、貪鄙(たんひ)の為なり。
臣、貪鄙の為に嚮(む)かふに忍びず。敢へて仁智の行を傷(やぶ)らず。
先生、臣に幸するの意有り。然れども大いに臣を傷(そこな)ふの実有り、と。



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韓非子 問弁 書き下し文

或るひと問ひて曰く、弁、安(いづ)くにか生ずるや、と。
対(こた)へて曰く、上の不明に生ずるなり、と。
問ふ者曰く、上の不明なる、因(よ)りて弁を生ずとは、何ぞや、と。

対(こた)へて曰く、明主の国、令は言の最も貴き者なり。法は事の最も適(かな)ふ者なり。
言、二貴無く、法、両適せず。故に言行の法令に軌せざる者は必ず禁ず。
若(も)し其れ法令無くして、而して以て詐に接し変に応じ、利を生じ事を揣(はか)る可き者は、上必ず其の事を采(と)りて其の実を責(もと)む。
言当たれば則ち大利有り、当たらずんば則ち重罪あり。
是を以て愚者は罪を畏れて敢へて言はず。智者は以て訟(うった)ふる無し。
此れ弁無き所以の故なり。

乱世は則ち然らず。

主上令有り。而して民文学を以て之を非(そし)る。官府法有り。民、私行を以て之を矯(た)む。
人主顧(かへ)りて其の法令を漸(ぜん)して、学者の智行を尊ぶ。
此れ世の文学を多とする所以なり。

夫(そ)れ言行は、功用を以て之が的彀(てきこう)と為す者なり。
夫(そ)れ殺矢(さつし)を砥礪(しれい)して以て妄(みだ)りに発す。其の端、未(いま)だ嘗て秋毫(しゅうごう)に中(あた)らずんばあらざるなり。
然り而して善射と謂ふ可からざる者は、常の儀的無ければなり。
五寸の的を設け、十歩の遠きに引く、羿(げい)逢蒙(ほうもう)に非ずんば必ず中(あ)つる能はざる者は、常有ればなり。
故に常有れば則ち羿(げい)逢蒙(ほうもう)も五寸の的を以て功と為し、常無ければ則ち妄発の秋毫に中(あた)るを以て拙と為す。

今、言を聴き行を観るに、公用を以て之が的彀(てきこう)と為さず。
言、至察と雖も、行、至堅と雖も、則ち妄発の説なり。
是を以て乱世の言を聴くや、難知を以て察と為し、博文を以て弁と為す。
其の行を観るや、離群を以て賢と為し、犯上を以て抗と為す。
人主たる者、弁察の言を説(よろこ)び、賢抗の行を尊ぶ。

故に夫(か)の法術を作(もち)ふるの人、取舎(しゅしゃ)の行を立て、辞争の論を別(わか)ち、而して之を正すを為す莫し。
是を以て儒服帯剣の者衆(おほ)くして、耕戦の士、寡なく、堅白無厚の詞、章(あら)はれて、憲令の法息(や)む。

故に曰く、上、不明なれば則ち弁生ず、と。


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韓非子 難勢 書き下し文

慎子曰く、飛龍雲に乗じ、騰蛇(とうだ)霧に遊ぶ。
雲罷(や)み霧霽(は)れて、龍蛇、螾螘(いんぎ)と同じ。
則ち其の乗ずる所を失へばなり。

賢人にして不肖者に詘(くつ)するは、則ち権軽く位卑(ひ)くければなり。
不肖にして能く賢者を服するは、則ち権重く位尊(たか)ければなり。

堯も匹夫と為れば、三人を治むる能はず。而して桀も天子と為れば、能く天下を乱る。
吾、此を以て勢位の恃むに足り、而して賢智の慕ふに足らざるを知るなり。

夫(そ)れ弩弱くして矢高き者は、風に激すればなり。
身不肖にして令行はるる者は、衆に助を得ればなり。
堯、隷属に教へて、民聴かず、南面して天下に王たるに至りて、令すれば則ち行はれ、禁ずれば則ち止む。
此に由(よ)りて之を観れば、賢智未(いま)だ以て衆を服するに足らず。而して勢位以て賢者に任ずるに足るなり、と。



慎子に応(こた)へて曰く、飛龍雲に乗じ、騰蛇霧に遊ぶ。吾龍蛇を以て雲霧の勢に託せずと為さず。
然りと雖も、夫(か)の賢を釈(す)てて専ら勢に任ずるは、以て治を為すに足るか。
則ち吾未(いま)だ見るを得ざるなり。

夫(そ)れ雲霧の勢有りて、能(よ)く之に乗遊する者、龍蛇の材美なればなり。
今、雲盛んなれども、螾(いん)は乗る能はず、霧醲なれども螘(ぎ)は遊ぶ能はざるなり。
夫(そ)れ盛雲醲霧の勢有りて、而かも乗遊する能はざるは、螾螘(いんぎ)の材薄ければなり。

今、桀紂南面して天下に王たり。天子の威を以て之が雲霧と為し、而して天下大乱を免れざるは、桀紂の材薄ければなり。
且(か)つ其の人、堯の勢を以て天下を治む。何を以て桀の勢天下を乱る者に異なりや。
夫(そ)れ勢は能(よ)く必ず賢者をして已(これ)を用ひ、不肖者をして已(これ)を用ひざらしむるに非ざるなり。

賢者之を用ふれば、則ち天下治まり、不肖者之を用ふれば、則ち天下乱る。
人の性情、賢者寡(すく)なくして、不肖者衆(おほ)し。
而して威勢の利を以て、世を乱すの不肖人を済(たす)くれば、則ち是れ勢を以て天下を乱す者多し。勢を以て天下を治むる者寡なし。


夫(そ)れ勢は治に便にして乱に利なる者なり。
故に周書に曰く、虎の為に翼を傅(つ)くる毋(なか)れ。将(まさ)に飛んで邑に入り、人を択(と)りて之を食らはんとす、と。
夫(そ)れ不肖人をして勢に乗ぜしむるは、是れ虎の為に翼を傅(つ)くるなり。

桀紂、高台深池を為(つく)り、以て民の力を尽くし、焙烙を為(つく)り、以て民の性を傷(そこな)ふ。
桀紂、肆行(しこう)を乗(な)すを得しは、南面の威、之が翼を為(な)りたればなり。
桀紂をして匹夫為(た)らしめば、未(いま)だ始めより一を行はず。而して身、刑戮に在り。
勢は虎狼の心を養ひて、而して暴乱の事を成す者なり。
此れ天下の大患なり。

勢の治乱に於ける、本末位有るなり。
而るに語、専(もっぱ)ら勢の以て天下を治むるに足ると言ふ者は、則ち其の智の至る所は浅し。


夫(そ)れ良馬固車、臧獲(ぞうかく)をして之を御せしめば、則ち人の笑と為り、王良之を御すれば、而(すなは)ち日に千里を取る。車馬異なるに非ざるなり。或(あるい)は千里に至り、或(あるい)は人の笑と為る、則ち巧拙の相去る遠し。

今、国位を以て車と為し、勢を以て馬と為し、号令を以て轡(たづな)と為し、刑罰を以て鞭筴(べんさく)と為し、堯舜をして之を御せしめば、則ち天下治まる。桀紂之を御すれば、則ち天下乱る。
則ち賢不肖の相去る遠し。
夫(そ)れ速を追ひ遠を致さんと欲して、王良に任ずるを知らず。利に進み害を除かんと欲して、賢能に任ずるを知らざるは、此れ則ち類を知らざるの患なり。
夫(か)の堯舜も亦、民治むるの王良なり、と。



復(ま)た之に応(こた)へて曰く、其の人、勢を以て恃みて以て官を治むるに足ると為す。
客は必ず賢を待ちて乃ち治まると曰ふ、則ち然らず。

夫(そ)れ勢は名(な)一にして、変、無数なる者なり。
勢必ず自然に於(おい)てせば、則ち勢を言ふを為す無し。
吾の勢を言ふを為す所の者は、人の設くる所を言ふなり。

今曰く、堯舜、勢を得て治まり、桀、勢を得て乱る、と。
吾、堯桀を以て然らずと為すに非ざるなり。
然りと雖も一人の設くるを得る所に非ざるなり。

夫(そ)れ堯舜生まれて上位に在らば、十桀紂有りと雖も乱る能はざる者は、則ち勢治まればなり。
桀紂亦生まれて上位に在らば、十堯舜有りと雖も亦治むる能はざる者は、則ち勢乱るればなり。

故に曰く、勢治まる者は則ち乱る可からず。而して勢乱るる者は則ち治む可からざるなり、と。
此れ自然の勢なり。人の設くるを得る所に非ざるなり。
吾が言ふ所の若(ごと)きは、人の得る所の勢を謂ふのみ。賢何ぞ事とせん。

何を以て其の然るを明す。

客曰く、人、矛と楯とを鬻(ひさ)ぐ者有り。
其の楯の堅きを誉む。物能(よ)く陷(とほ)る莫(な)きなり、と。
俄(にわ)かにして又其の矛を誉めて曰く、吾が矛の利、物陷(とほ)らざる無きなり、と。
人、之に応じて曰く、子の矛を以て子の楯を陷(とほ)さば如何(いかん)、と。
其の人、応(こた)ふる能はざりき。
陷(とほ)す可からずと為すの楯と、陷(とほ)らざる無きの矛とを以て名と為す。
両立す可からざるなり。
夫(そ)れ賢の勢為(た)るや禁ず可からず。而して勢の道為(た)るや、禁ぜざる無し。
禁ず可からざるの勢と、禁ぜざる無きの道とを以てす。
此れ矛楯の説なり。
夫(そ)れ賢勢の相容(い)れざる、亦明なり。

且(か)つ夫(そ)れ堯舜桀紂は、千世にして一(ひと)たび出づ。是れ比肩隨踵(ひけんすいしょう)して生まるるなり。
世の治むる者、中に絶たず。
吾、勢を言ふを為す所以(ゆえん)の者は中なり。
中とは上、堯舜に及ばず。下、亦(また)桀紂為(た)らず。
法を抱き勢に処(お)れば則ち治まり、法に背き勢を去れば則ち乱る。

今、勢を廢(す)て法に背きて堯舜を待つ。堯舜至れば乃ち治まる。是れ千世乱れて一(ひと)たび治まるなり。
法を抱き勢に処(お)りて桀紂を待つ。桀紂至りて乃ち乱る。是れ千世治まりて一(ひと)たび乱るるなり。
且(か)つ夫(そ)れ治千にして乱一なると、治一にして乱千なるや、是れ猶(な)ほ驥駬(きじ)に乗(じょう)じて分馳(ぶんち)するがごときなり。相去る亦遠し。

夫(そ)れ隠括(いんかつ)の法を棄て、度量の数を去らば、奚仲(けいちゅう)をして車を為(つく)らしむとも、一輪を成す能はじ。
慶賞の勧め、刑罰の威無く、勢を釈(す)て法を委(す)てば、堯舜、戸ごとに説きて人ごとに之を弁ずとも、三家を治むる能はじ。
夫(そ)れ勢の用ふるに足る、亦明なり。
而るに必ず賢を待つと曰ふは、則ち亦然らず。

且(か)つ夫(そ)れ百日食はずして、以て粱肉(りょうにく)を待たば、餓者活せず。
今、堯舜の賢を待ちて、乃ち当世の民を治めんとす。是れ猶(な)ほ粱肉を待ちて餓を救ふの説のごときなり。

夫(そ)れ良馬固車、臧獲(ぞうかく)之を御すれば、則ち人の笑と為り、王良之を御すれば、則ち日に千里を取ると曰ふ。
吾以為(おもへ)らく然らず。

夫(そ)れ越人の海遊を善くする者を待ち、以て中国の溺人を救ふ。
越人善く遊(およ)ぐ。而(しか)れども溺者済(すく)はれず。
夫(そ)れ古の王良を待ちて、以て今の馬を馭(ぎょ)するは、亦猶(な)ほ越人、溺を救ふの説のごときなり。
不可も亦明なり。

夫(そ)れ良馬固車、五十里にして一置し、中手をして之を御せしめば、速を追ひ遠を致す、以て及ぶ可きなり。而して千里、日に致す可きなり。
何ぞ必ずしも古の王良を待たんや。

且(か)つ御は王良にせしむるに非ずんば、則ち必ず臧獲にせしめて之を敗(やぶ)り、治、堯舜にせしむるに非ずんば、則ち必ず桀紂にせしめて之を乱るとは、此れ味、飴蜜(いみつ)に非ずんば、必ず苦菜亭歴(くさい、ていれき)とするなり。

此れ則ち積弁累辞(せきべんるいじ)、理に離れ術を失ふ。両末の議なり。
奚(なん)ぞ以て夫(か)の道理の言を難ず可けんや。
客の議、未(いま)だ此の論に及ばざるなり。


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韓非子 亡徴 書き下し文

凡(およ)そ人主の、国小にして家大に、権軽くして臣重き者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

法禁を簡にして謀慮を務め、封内を荒して交援を恃む者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

群臣学を為し、門子弁を好み、商賈(しょうこ)外積し、小民右仗(じょう)する者は亡(ほろ)ぶ可きなり。

宮室台榭陂池(きゅうしつだいしゃひち)を好み、車服器玩好を事とし、百姓(ひゃくせい)を罷露(ひろ)し、貨財を煎靡(せんび)する者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

時日を用ひ、鬼神を事とし、卜筮(ぼくぜい)を信じて祭祀を好む者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

聴くに爵を以てして、参験を待たず、一人を用ひて門戸と為す者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

官職、重を以て求む可く、爵禄、貨を以て得可き者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

緩心にして成る無く、柔茹(じゅうじょ)にして断寡(すくな)く、好悪決する無くして定立する所無き者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

饕貪(とうたん)にして饜(あ)く無く、利に近づきて得るを好む者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

淫刑を喜びて、法に周ならず、弁舌を好みて其の用を求めず、文麗に濫(らん)して其の功を顧みざる者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

浅薄にして見易く、漏泄(ろうせつ)して蔵無く、周密なる能はずして、群臣の語を通ずる者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

狠剛(こんごう)にして和せず、諫(いさめ)に愎(もと)りて勝つを好み、社稷を顧みずして、軽(かるがる)しく為して自ら信ずる者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

交援を恃(たの)みて近隣を簡(あなど)り、強大の救を怙(たの)みて、迫る所の国を侮る者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

羈旅僑士(きりょきょうし)、重帑(じゅうど)外に在り、上、謀計に間(あづか)り、下、民事に与(あずか)る者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

民、其の相を信じ、下、其の上に能からず、主、之を愛信して、廃する能はざる者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

境内の傑を事とせず、封外の士を求め、功伐を以て課試せずして、好みて名問を以て挙錯(きょそ)し、羈旅(きりょ)起こり貴く、以て故常を陵(しの)ぐ者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

其の敵正(てきせい)を軽んじ庶子称衡(しょうこう)して、太子未(いま)だ定らずして、主、世に即(つ)く者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

大心(だいしん)にして悔ゆる無く、国乱れて自ら多とし、境内の資を料(はか)らずして、其の隣敵を易(あなど)る者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

国小にして卑(ひく)きに処(お)らず、力少なくして強を畏れず、礼無くして大隣を侮り、貪愎(たんぷく)にして交に拙き者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

太子已に置きて、強敵に娶り、以て后妻と為さば、則ち太子危し。是の如くんば則ち群臣慮を易(か)ふ。群臣慮を易(か)ふる者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

怯懾(きょうしょう)にして弱守、蚤見(そうけん)にして心柔懦(じゅうだ)、断ず可き謂ひ有るを知りて敢へて行はざる者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

出君、外に在りて、国、更に置き、質太子、未(いま)だ反(かへ)らず、君、子を易(か)ふ。是の如くんば則ち国、攜(はな)る。国、攜(はな)るる者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

大臣を挫辱(ざじょく)して其の身を狎(こう)し、小民を刑戮(けいりく)して其の使を逆し、怒を懐(いだ)き恥を思ひて専習すれば則ち賊生ず。賊生ずる者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

大臣両重、父兄衆強、内党外援、以て事勢を争ふ者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

婢妾(ひしょう)の言聴かれ、愛玩の智用ひらる、外内悲惋(ひわん)して数(しば)しば不法を行ふ者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

大臣を簡侮(かんぶ)し、父兄に礼無く、百姓を労苦し、不辜(ふこ)を殺戮する者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

好みて智を以て法を矯(ま)げ、時に私を以て公に雑(まじ)へ、法禁変易し、号令数(しば)しば下る者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

地の固き無く、城郭悪しく、畜積無く、財物寡く、守戦の備(そなへ)無くして、攻伐を軽んずる者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

種類、寿からず、主数(しば)しば世に即(つ)き、嬰児君と為り、大臣制を専(もっぱら)にし、羈旅(きりょ)を樹(た)てて以て党を為し、数(しば)しば地を割きて以て交を待(たの)む者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

太子尊顕、徒属衆強、大国の交(まじわり)多くして、威勢蚤(はや)く具(そなわ)る者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

偏褊にして心(こころ)急に、軽疾(けいしつ)にして動き易く、心に発し悁忿(けんふん)にして、前後を訾(はか)らざる者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

主、怒(いかり)多くして兵を用ふるを好み、本教を簡(す)てて戦攻を軽んずる者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

貴臣相妬み、大臣隆盛、外、敵国に藉(か)り、内、百姓を困(くるし)め、以て怨讎(えんしゅう)を攻めて、人主誅せざる者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

君不肖にして側室賢に、太子軽くして庶子伉(つよ)し。官吏弱くして人民桀に、此の如くんば則ち国躁(そう)。国躁なる者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

怒を蔵して発せず、辜(つみ)を懸して誅せず、群臣をして陰に憎みて愈(いよ)いよ憂懼(ゆうく)し、久しく未(いま)だ知る可からざらしむる者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

軍を出し将(しょう)に命ずる、太(はなは)だ重し。辺地、守に任ずる、太(はなは)だ尊し。制を専にして命を擅(ほしいまま)にし、径為(けいい)して請ふ所無き者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

后妻(こうさい)淫乱、主母畜穢(ちくわい)、外内混通、男女別無き、是を両主と謂ふ。両主は亡(ほろ)ぶ可きなり。

后妻賤しくして婢妾(ひしょう)貴く、太子卑(ひく)くして庶子尊く、相室軽くして典謁(てんえつ)重し。此くの如くんば則ち内外乖(そむ)く。内外乖(そむ)く者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

大臣甚(はなは)だ貴く、偏党衆強、主断を壅塞(ようそく)して重し。国を擅(ほしいまま)にする者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

私門の官用ひられ、馬府の世絀(しりぞ)けられ、郷曲の善挙げられ、官職の労廃し、私行を貴びて公功を賤む者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

公家虚にして大臣実し、正戸貧にして奇寓富み、耕戦の士困(くるし)み、末作の民利する者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

大利を見て趨(おもむ)かず、禍端(かたん)を聞きて備へず、争守の事に浅薄(せんぱく)にして務めて仁義を以て自ら飾る者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

人主の孝を為さずして、匹夫の孝を慕ひ、社稷の利を顧みずして、主母の令を聴き、女子国を用ひ、刑余(けいよ)事を用ふる者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

辞 弁にして法あらず、心 智にして術無く、主 多能にして法度を以て事に従はざる者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

親臣進みて故人退き、不肖事を用ひて賢良伏し、無功貴くして労苦賤し。是の如くんば則ち下怨む。下怨むる者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

父兄大臣、禄秩(ろくちつ)功に過ぎ、章服(しょうふく)等を侵し、宮室供養太(はなは)だ侈(おご)りて、人主禁ぜざれば、則ち臣心窮(きわまり)無し。臣心窮(きわまり)無き者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。

公壻公孫(こうせいこうそん)、民と門を同じくし、其の隣を暴傲(ぼうごう)する者は、亡(ほろ)ぶ可きなり。


亡徴とは、必ず亡ぶと曰ふに非ず。
其の亡ぶ可きを言ふなり。

夫(そ)れ両堯、相王たる能はず。両桀相亡ぶ能はず。
亡王の機、必ず其の治乱、其の強弱、相踦(き)する者なり。

木の折るるや必ず蠧(と)を通じ、牆(かき)の壊るるや必ず隙を通ず。
然れども木、蠧(と)すと雖も、疾風無くんば折れず。
牆(かき)隙すと雖も、大雨無くんば壊れず。

万乗の主、能く術を服し法を行ひ、以て亡徴の君の風雨と為る者有らば、其の天下を兼ぬる、難からず。






テーマ : 中国古典・名言
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

韓非子 集中講義 石川 武志

Author:韓非子 集中講義 石川 武志
東洋大学中国哲学文学科に学ぶ。
中国学を志して、およそ20年。
専門は韓非子を中心に、古代中国における諸子百家の思想、哲学。
春秋戦国時代の法家、韓非子の翻訳、研究と解説。
韓非子集中講義主宰。

通背拳の伝承、指導。
日本白猿通背拳研究会を設立。

儒学者、近藤篤山の研究。
第二十四号 論語指導士
(論語教育普及機構認定)
http://p-kies.net/rongo/#r1/

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