韓非子 和氏 書き下し文

楚人(そひと)和氏(かし)、玉璞(ぎょくぼく)を楚の山中に得たり。
奉じて之を厲王(れいおう)に献ず。
厲王、玉人(ぎょくじん)をして之を相せしむ。
玉人曰く、石なり、と。
王、和を以て誑(たぶら)かすと為して、其の左足を刖(あしき)る。

厲王薨(こう)じて武王位に即くに、和、又其の璞を奉じて之を武王に献ず。
武王、玉人をして之を相せしむ。
又曰く、石なり、と。
王又和を以て誑かすと為して、其の右足を刖(あしき)る。

武王薨じ、文王位に即く。
和、乃ち其の璞を抱きて楚山の下に哭す。
三日三夜、涙尽きて、之に継ぐに血を以てす。

王、之を聞き、人をして其の故を問わしめて曰く、天下の刖(あしき)らるる者多し。
子、奚ぞ哭するの悲しきや、と。

和、曰く、吾、刖(あしきり)を悲しむに非ざるなり。
夫(か)の宝玉にして之に題するに石を以てし、貞士にして之に名(なづ)くるに誑を以てするを悲しむ。
此れ吾が悲しむ所以なり、と。

王、乃ち玉人をして其の璞を理せしめて、宝を得たり。
遂に命じて和氏の璧と曰ふ。


夫れ珠玉は人主の急とする所なり。
和、璞を献じて未だ美ならずと雖も、未だ主の害を為さざるなり。
然るに猶ほ両足斬られて、而して宝乃ち論ぜらる。
宝を論ずる此くの若く其れ難きなり。

今、人主の法術に於けるや、未だ必ずしも和璧の急ならざるなり。
而して群臣士民の私邪を禁ず。
然らば則ち有道者の僇せられざるや、特に帝王の璞未だ献ぜざるのみ。

主、術を用ふれば、則ち大臣断を擅(ほしいまま)にするを得ず、近習敢へて重きを売らず。
官、法を行はば、則ち浮萌(ふほう)農耕に趨(はし)りて、游士(ゆうし)は戦陳(せんじん)に危うし。

則ち法術者は、乃ち群臣士民の禍とする所なり。
人主、能く大臣の議に倍(そむ)き、民萌の誹りを越え、独り道言を周するに非ずんば、則ち法術の士、死亡に至ると雖も、道必ず論ぜられず。


昔者(むかし)、呉起、楚の悼王に教ふるに、楚国の俗を以てす。
曰く、大臣太(はなは)だ重く、封君太(はなは)だ衆(おほ)し。
此(か)くの若(ごと)くば、則ち上は主に偪(せま)りて、下は民を虐ぐ。
此れ国を貧しくし、兵を弱むるの道なり。
封君の子孫、三世にして爵禄を収め、百吏の禄秩(ろくちつ)を絶滅し、不急の枝官を損し、以て選練の士に奉ぜしむるに如かず、と。
悼王之を行ふ。
期年にして薨ず。
呉起、楚に枝解せらる。

商君、秦の孝公に教へ、以て什伍を連ね、告坐の過を設け、詩書を燔(や)きて法令を明(あきらか)にし、私門の請を塞ぎて、公家の労を遂げ、游宦の民を禁じて、耕戦の士を顕はす。
孝公之を行ひ、主以て尊安、国以て富強。
八年にして薨ず。
商君秦に車裂せらる。

楚、呉起を用ひずして削乱す。
秦、商君の法を行ひて富強。
二子の言や已に当たる。
然り而して呉起を枝解し、商君を車裂する者は、何ぞや。

大臣、法に苦しみて、而して細民、治を悪(にく)めばなり。
今の世に当たりて大臣、重を貪り、細民、乱に安んずること、秦楚の俗より甚し。
而して人主、悼王孝公の聴無し。
則ち法術の士、安(いずくん)ぞ能く二子の危を蒙(をか)して、己の法術を明さんや。
此れ世、乱れて覇王無き所以なり。



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韓非子 説難 書き下し文

凡そ説の難きは、吾が知の以て之に説く有るの難きに非ざるなり。
又、吾が弁の能く吾が意を明らかにするの難きに非ざるなり。
又、吾れ敢えて横失(おうしつ)して能く尽くすの難きに非ざるなり。

凡そ説の難きは、説く所の心を知り、吾が説を以て之に当(あ)つ可きに在り。

説く所名高(めいこう)の為(ため)にする出づる者なり。
而るに之に説くに厚利(こうり)を以てせば、則ち下節(かせつ)にして卑賤に遇すとせ見(ら)れて、必ず弃遠(きえん)せらる。

説く所厚利に出づる者なり。
而るに之に説くに名高を以てせば、則ち無心にして事情に遠しとせ見(ら)れて、必ず収められず。

説く所陰(いん)には厚利の為にして、顕(けん)には名高の為にする者なり。
而るに之に説くに名高を以てせば、則ち陽(よう)には其の身を収めて、実は之を疎んず。

之に厚利を以てせば、則ち陰には其の言を用ひて、顕には其の身を弃つ。
此れ察せざる可からざるなり。


夫れ事は密を以て成り、語は泄を以て敗る。
未だ必ずしも其の身之を泄(もら)さざるなり。
而して語匿す所の事に及ぶ。
此(かく)の如き者は身危うし。

彼顕(あらは)に其の事を出(いだ)す所有りて、乃ち以て他故を成さむとす。
説者、徒(ただ)に出(いだ)す所を知るのみならず。
又、其の為さむとする所以を知る。
此(かく)の如き者は身危うし。

異事を規して当たる。
知者之を外に揣(はか)りて之を得、事外に泄(も)るれば、必ず必ず以て己と為すなり。
此(かく)の如き者は身危うし。

周沢(しゅうたく)未だ渥(あつ)からざるなり。
而して語、知を極む。
説、行われて功有れば、則ち徳、忘れらる。
説、行われずして敗るる有れば、則ち疑わ(見)る。
此(かく)の如き者は身危うし。

貴人、過端(かたん)有り。
而して説者、明(あきら)かに礼義を言い、以て其の悪を挑(かか)ぐ。
此(かく)の如き者は身危うし。

貴人、或(あるひ)は計を得て、自ら以て功と為さむと欲す。
説者、与(あずか)り知る。
此(かく)の如き者は身危うし。

彊(し)ふるに其の為す能わざる所を以てし、止(とど)むるに其の已む能わざる所を以てす。
此(かく)の如き者は身危うし。


故に之と大人(たいじん)を論ずれば、則ち以て己を閒(かん)すと為す。
之と細人(さいじん)を論ずれば、則ち以て重を売ると為す。
其の愛する所を論ずれば、則ち以て資を藉(か)ると為す。
其の憎む所を論ずれば、則ち以て己を嘗(こころ)むと為す。
其の説を径省(けいせい)すれば、則ち以て不智と為して之を拙(せつ)す。

米塩博弁なれば、則ち以て多と為して之を交す。
事を略して竟を陳ぶれば、則ち怯懦(きょうだ)にして尽くさずと曰ひ、事を慮ること広肆(こうし)なれば、則ち草野にして倨侮(きょぶ)なりと曰ふ。
此れ説の難き、知らざる可からざるなり。


凡そ説の務(つとめ)、説く所の矜(ほこ)る所を飾り、而して其の恥づる所を滅するを知るに在り。

彼れ私急有るや、必ず公義を以て示して之を強ふ。

其の意、下る有るなり。
然り而して已む能わず。
説者、因りて之が為に其の美を飾りて、其の為さざるを少なしとせよ。

其の心高き有り。
而して実、及ぶ能わず。
説者、之が為に其の過を挙げて、其の悪を見(あらは)し、其の行はざるを多とせよ。

矜(ほこ)るに智能を以てする所、則ち之が為に異事の類を同じうする者を挙げ、多く之が地を為し、之をして説を我に資(と)らしめて、佯(いつは)り知らずとし、以て其の智に資せよ。

相存するの言を内(い)れむと欲すれば、則ち必ず美名を以て之を明にし、而して微かに其の私利に合ふを見はせ、

危害の事を陳(の)べむと欲せば、則ち其の毀誹(きひ)を顕らかにして、微かに其の私患に合ふを見せ、異人与(とも)に行を同じうする者を誉め、異事与(とも)に計を同じうする者を規(いましめ)る。

与(とも)に汚を同じうする者有らば、則ち必ず以て大(おほひ)に其の傷無きを飾れ。

与(とも)に敗を同じうする者有らば、則ち必ず以て明(あきらか)に其の失無きを飾れ。

彼自ら其の力を多とせば、則ち其の難を以て之を槪(がい)する毋(なか)れ。
自ら之が断を勇とせば、則ち其の謫(たく)を以て之を怒(いか)らす無(なか)れ。
自ら其の計を智とせば、則ち其の敗を以て之を窮むる毋(なか)れ。
大意払忤(ふつご)する所無く、辞言繫縻(けいび)する所無く、然して後、極めて智弁を騁(は)せよ。

此れ道(よ)りて親近せられて疑はれざるを得、而して辞を尽くすを得る所なり。


伊尹宰と為り、百里奚虜と為る。
皆其の上に干(もと)むる所以なり。
此の二人は皆聖人なり。
然れども猶ほ身を役して以て進むこと、加へて此(か)くの如く其れ汚なること無き能わざるなり。
今、吾が言を以て宰虜と為して、以て聴用せられて世を振(すく)う可(べ)くんば、此れ能仕の恥づる所に非(あら)ざるなり。

夫れ曠日離久して周沢既に渥(あつ)く、深く計りて疑われず、引争して罪せられずんば、則ち利害を明割し、以て其の功を致す。
是非を直指し以て其の身を飾る。
此を以て相持(じ)す。
此れ説の成るなり。


昔者(むかし)、鄭の武公胡を伐たむと欲す。
故に先づ其の女を以て胡君に妻し、以て其の意を娛(たのし)ましむ。
因りて群臣に問ふ。
吾、兵を用ひむと欲す。誰か伐つ可き者ぞ、と。
大夫関其思、対(こた)へて曰く、胡伐つ可し、と。
武公怒りて之を戮す。
曰く、胡は兄弟の国なり。子、之を伐てと言ふは何ぞや、と。
胡君之を聞き、鄭を以て己に親しむと為し、遂に鄭に備へず。
鄭人胡を襲ひて之を取る。


宋に富人有り。
天雨(あめふ)り牆(かき)壊る。
其の子曰く、築かずんば必ず将に盗有らむ、と。
其の隣人の父も亦云ふ。
暮にして果たして大いに其の財を亡(うしな)ふ。
其の家甚だ其の子を智として、隣人の父を疑ふ。


此の二人の説は皆当る。
厚きは戮と為り、薄きは疑わる。
則ち知の難きに非(あらざ)るなり。
知に処する則ち難きなり。
故に繞朝(じょうちょう)の言当る。
其れ晋に聖人とせ為(ら)れて、秦に戮せ為(ら)る。
此れ察せざる可からず。


昔者(むかし)、彌子瑕、衛君に寵有り。
衛国の法、窃(ひそ)かに君車に駕する者は罪刖 (あしき)る。
彌子瑕母病む。
人閒(ひそ)かに往きて夜、彌子に告ぐ。
彌子矯(た)めて君の車に駕し以て出づ。
君聞いて之を賢として曰く、孝なるかな。
母の故の為に其の刖罪を忘る、と。

異日君と果園に遊ぶ。
桃を食ひて甘(うま)し。
尽さずして其の半(なかば)を以て君に啗(くら)はしむ。
君曰く、我を愛するかな。
其の口味を忘れ以て寡人に啗(くら)はしむ、と。

彌子、色衰へ愛弛(ゆる)むに及びて、罪を君に得たり。
君曰く、是れ固(も)と嘗て矯(た)めて吾が車に駕せり。
又嘗て我に啗(くら)はすに余桃を以てせり、と。

故に彌子の行(おこなひ)、未だ初(はじめ)に変ぜざるなり。
而して前の賢とせらるる所以を以て、後に罪を獲(えた)る者は、愛憎の変なり。
故に主に愛有れば、則ち智当たりて親を加へ、主に憎有れば、則ち智当たらず、罪せられて疎を加ふ。

故に諫説談論の士、愛憎の主を察して、而して後に説かざる可からず。
夫れ龍の虫為(た)るや、柔なり。
狎(な)れて騎(の)る可きなり。
然れども其の喉下に逆鱗径尺なる有り。
若し人、之に嬰(ふ)るる有らば、則ち必ず人を殺す。
人主も亦逆鱗有り。
説者能く人主の逆鱗に嬰(ふ)るる無くんば、則ち幾(ちか)し。


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韓非子 孤憤 書き下し文

智術の士、必ず遠見にして明察。
明察ならずんば私を燭(て)らす能わず。

能法の士、必ず強毅にして勁直。
勁直ならずんば姦を矯(た)むる能わず。

人臣、令に循ひて事に従ひ、法を案じて官を治むるは、謂はゆる重人に非ざるなり。
重人なる者は、令無くして擅に為し、法を虧(か)きて以て私を利し、国を耗して以て家に便し、力、能く其の君を得。
此れ所謂重人なり。


智術の士、明察。
聴用せらるれば且(まさ)に重人の陰情を燭(てら)さむとす。

能法の士、勁直。
聴用せらるれば且(まさ)に重人の姦行を矯(た)めむとす。

故に智術能法の士用ひらるれば則ち、貴重の臣必ず縄の外に在り。
是れ、智法の士と当塗の人と、両存すべからざるの仇なり。


当塗の人、事要を擅にせば、則ち外内之が用を為す。
是を以て、諸侯因(よ)らずんば、則ち事、応ぜず。
故に敵国、之が為に訟す。

百官因らずんば、則ち業、進まず。
故に群臣、之が用を為す。

郎中因らずんば、則ち主に近づくを得ず。
故に左右、之が為に匿す。

学士因らずんば、則ち養禄薄く礼卑(ひく)し。
故に学士、之が為に談ずるなり。

此四助の者は、邪臣の自ら飾る所以なり。


重人、主に忠にして其の仇を進むる能わず。
人主、四助を越えて其の臣を燭察(しょくさつ)する能わず。
故に人主、愈(いよ)いよ弊(おほ)われて、大臣、愈(いよ)いよ重し。

凡そ当塗者の人主に於けるや、信愛せられざること希(な)し。
又且つ習故なり。
夫の主の心に即(つ)き好悪を同じうするが若きは、固より其の自ら進む所なり。
官爵貴重、朋党又衆く、而して一国之が為に訟す。

則ち法術の士、上を干(もと)めむと欲する者は、信愛する所の親、習故の沢有るに非ざるなり。
又将に法術の言を以て、人主阿辟の心を矯(た)めむとす。
是れ人主と相反するなり。


勢に処ること卑賤にして、党無くして孤特なり。
夫れ疎遠を以て近愛信と争ふ。
其の数、勝たざるなり。

新旅を以て習故と争ふ。
其の数、勝たざるなり。

主意に反するを以て同好と争ふ。
其の数、勝たざるなり。

軽賤を以て貴重と争ふ。
其の数、勝たざるなり。

一口を以て一国と争ふ。
其の数、勝たざるなり。


法術の士、五不勝の勢を操(と)り、歳を以て数へて又見るを得ず。
当塗の人、五勝の資に乗じ、而して旦暮に独り前に説く。
故に法術の士、奚(なに)に道(よ)りてか進むを得む。
而して人主、奚(いずれ)の時か悟るを得むや。

故に必不勝に資し、而して勢は両存せず。
法術の士、焉んぞ危うからざるを得む。

其の罪過を以て誣(し)ふ可き者は、公法にて之を誅す。
其の被らするに罪過を以てす可からざる者は、私剣を以て之を窮す。

是れ法術に明(あきらか)にして、主上に逆らふ者、吏誅に僇(りく)せられずんば、必ず私剣に死す。
朋党比周して以て主を弊(おほ)ひ、曲を言ひて以て私に便(べん)する者、必ず重人に信ぜらる。
故に其の功伐を以て借る可き者、官爵を以て之を貴うす。
其の借るに美名を以てす可き者、外権を以て之を重んず。
是を以て主上を弊(おほ)ひて私門に趨(おもむ)く者、官爵に顕(あらは)れずんば、必ず外権に重んぜらる。

今、人主、参験を合せずして誅を行ひ、見功を待たずして爵禄す。
故に法術の士、安(いずく)んぞ能く死亡を蒙(をか)して其の説を進めむや。
姦邪の臣、安(いずく)んぞ肯(あへ)て利に乗じて其の身を退けむや。
故に主上、愈いよ卑しく、私門、益ます尊し。


夫の越、国富み兵強しと雖も、中国の主、皆己に益無きを知るなり。
曰く、吾が制する所に非ざるなり、と。
今、国を有(たも)つ者、地広く人衆(おほ)しと雖も、然れども人主壅蔽せられ、大臣権を専らにす。
是れ国、越と為るなり。

越に類せざるを知りて其の国に類せざるを知らざるは、其の類を察せざる者なり。
人主、斉亡ぶと謂ふ所以の者は、地と城と亡ぶるに非ざるなり。

呂氏制せずして、田氏之を用ふるなり。
晋亡ぶと謂ふ所以の者は、亦地と城と亡ぶるに非ざるなり。
姫氏制せずして、六卿之を専らにするなり。

今、大臣柄を執りて独断し、而(しか)も上、収むるを知らず。
是れ人主明ならざるなり。
死人と病を同じうする者は、生く可からざるなり。
亡国と事を同じうする者は、存す可からざるなり。

今、跡を斉晋に襲(つ)ぐ。
国の安存せむを欲するも、得可からざるなり。


凡そ法術の行ひ難きは、独り万乗のみならず。
千乗も亦然り。

人主の左右、必ずしも智ならざるなり。
人主の人に於ける、智とする所有りて之を聴く。
因りて左右と其の言を論ず。
是れ愚人と智を論ずるなり。

人主の左右、必ずしも賢ならざるなり。
人主の人に於ける、賢とする所有りて之を礼す。
因りて左右と其の行を論ず。
是れ不肖と賢を論ずるなり。
智者、策を愚人に決せられ、賢士、行を不肖に程(はか)らる。

則ち賢智の士、羞(は)ぢて人主の論、悖る。


人臣の官を得むと欲する者、其の修士は且つ精潔を以て身を固くし、其の智士は且つ治弁以て業を進む。
其の修士は貨賂を以て人に事(つか)ふる能わず。
其の精潔を恃みて、更に法を枉(ま)ぐるを以て治を為す能わず。

則ち修智の士、左右に事(つか)えず、請謁を聴かず。

人主の左右、行、伯夷に非ざるなり。
求索得ず、貨賂至らずんば、則ち精弁の功息(や)みて、毀誣(きふ)の言起こる。

治乱の功、近習に制せられ、精潔の行、毀誉に決せらるれば、則ち修智の吏廃して、人主の明、塞がる。
功伐を以て智行を決せず、参伍を以て罪過を審らかにせず。
而して左右近習の言を聴けば、則ち無能の士、廷に在りて、愚汚(ぐお)の吏、官に処る。


万乗の患は、大臣太(はなは)だ重く、千乗の患は左右太(はなは)だ信ぜらるなり。
此れ人主の公患なる所なり。
且つ人臣、大罪有り、人主大失有り。
臣主の利、与(とも)に相(あい)異なる者なり。
何を以て之を明かすか。

曰く、主の利は能有りて官に任ずるに在り。
臣の利は能無うして事を得るに在り。
主の利は労有りて爵禄するに在り。
臣の利は功無うして富貴なるに在り。
主の利は豪傑能を使ふに在り。
臣の利は朋党私を用ふるに在り。

是を以て国地削られて私家富み、主上卑しくして大臣重し。

故に主、勢を失ひて、臣、国を得、主、更(あらた)めて蕃臣と称して相室(しょうしつ)符を剖(さ)く。
此れ人臣の主を譎(たぶら)かし私に便する所以なり。

故に当世の重臣、主、勢を変じて固寵を得る者は、十に二三無し。
是れ其の故何ぞや。

人臣の罪、大なれば、臣、大罪有る者は、其の行ひ主を欺くなり。
其の罪死亡に当するなり。

智士は遠見して死亡を畏る。
必ず重人に従はず。

賢士は修廉にして姦臣と与(とも)に其の主を欺くを羞ず。
必ず重臣に従はず。

是れ当塗者の徒属、愚にして患を知らざる者に非ずんば、必ず汚にして姦を避けざるなり。
大臣愚汚の人を挟み、上、之と与(とも)に主を欺き、下、之と与(とも)に利を収めて侵漁(しんぎょ)し、朋党比周して相与し、口を一にして主を惑わし、法を敗りて以て士民を乱す。

国家をして危削せられ、主上をして労辱せしむ。
此れ大罪なり。

臣、大罪有りて、主、禁ぜず。
此れ大失なり。

其の主をして上に大失有り、臣をして下に大罪有らしめて、国の亡びざるを索(もと)むとも、得可からざるなり。


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韓非子 喩老

天下に道があり、危急な困難もなければ、世は静であると言い、駅伝の早馬を用いるようなことは起こらない。
ゆえに老子は言うのである。
早馬として用いずに田畑を耕すために用いる、と。

天下に道がなければ、戦争は止まず、国防すること数年に及び、甲冑には虱がわき、帷幄の中に燕や雀が巣を作り、しかも兵士は帰郷することもできない。
ゆえに老子は言うのである。
軍馬を君主の近臣から出さねばならない、と。


翟の人で大きな狐と黒豹の毛皮を晋の文公に献上した者がいた。
文公はその客の毛皮を受けて嘆いて言った。
この毛皮の美しさのせいでその身の禍となったのだ、と。

国を治める者が、名誉称号を求めたせいで身に禍したのは、徐の偃王がそうである。
城や土地を求めたせいで身に禍したのは、虞と虢の君がそうである。
ゆえに老子は言うのである。
罪は欲望よりも大きいものはない、と。


智伯は、范氏と中行氏を併合して趙を攻め、戦をやめずに続けたので、韓と魏が反き、智伯の軍は晋陽で敗れ、その身は高梁の東で死に、国は分けられ、その首は漆で塗られて酒器にされた。
ゆえに老子は言うのである。
禍は満足することを知らないことよりも大きいものはない、と。


虞君は屈の名馬四頭と垂棘の壁玉を欲しがり、宮之奇の諫言を聴かなかった。
ゆえに国は亡び、その身は死んだ。
ゆえに老子は言うのである。
咎は物を得ようとすることよりも痛ましいものはない、と。


国は存続していることが普通なのであり、覇王となるのはその上でのことである。
身は生きることが普通なのであり、富貴になるのはその上でのことである。
みずから自分を害することを欲しなければ、その国は亡びず、身は死なないだろう。
ゆえに老子は言うのである。
足るを知ること、これを満足すると言うのだ、と。


楚の荘王が晋に河雍で勝ち、帰って孫叔敖を賞した。
孫叔敖は漢水流域の砂や石ころばかりの地を請うた。
楚の国の法では、臣に禄を与えると孫の世代には没収することになっているが、ただ孫叔敖のみそのままであった。
国にその土地が没収されなかったのは、土地が痩せていたからである。
ゆえに九代ののちも先祖の祭祀が絶えることはなかった。
ゆえに老子は言うのである。
しっかり建てれば抜けず、しっかり抱えれば脱落せず、子孫は祭祀が代々絶えることはない、と。
孫叔敖のことを言ったのである。


統制の権力が己にあるのを重といい、己の地位を離れないのを静という。
重であれば軽を使うことができ、静であれば躁を使うことができる。
ゆえに老子は言うのである。
重は軽の根であり、静は躁の君となる、と。

ゆえにまた、老子は言うのである。
君子は終日旅をしても輜重から離れない、と。

国は君主にとっての輜重である。
趙の主父は生きているうちに国を子に譲った。
これはその輜重から離れたことになる。
ゆえに代や雲中の地を楽しんでいたが、すでに趙の国を失っていたのである。

主父は万乗の国の君主でありながら、その身をもって天下を軽々しく扱った。
威勢を無くしたことを軽といい、地位を離れたことを躁という。
こうして主父は生きながら幽閉されて死んでしまった。
ゆえに老子は言うのである。
軽であれば臣を失い、躁であれば君位を失う、と。
主父のことを言ったのである。


権勢が重いのは、君主にとっての淵である。
君主たる者が、権勢を臣下に対して失えば、再び取り戻すことはできない。
斉の簡公は権勢を田成子に奪われ、晋公は権勢を六卿に奪われ、国は亡び、その身は死んだ。
ゆえに老子は言うのである。
魚は深淵から抜け出してはいけない、と。


賞罰は国の鋭利な武器である。
君主にそれがあれば臣下を制することができ、臣下にそれがあれば君主に勝つことができる。
君主が賞しようと示せば、臣下は君主の賞を少なく見せかけて自分の恩徳を売り、君主が罰しようと示せば、臣下は君主の罰を重く見せかけて自分の権威を示す。
君主が賞を示すと、臣下はその権勢を利用し、君主が罰を示すと、臣下はその権威に便乗する。
ゆえに老子は言うのである。
国の鋭利な武器は、人に見せてはならない、と。


越王勾践は呉に敗れて呉王夫差のもとへ入朝して仕えた。
そして呉王に斉を伐つように勧め、呉を疲弊させようとした。
呉の兵が既に斉の兵と戦って艾陵で勝つと、長江から済水にかけて威勢を張り、黄地で会盟を開き、強大さを示した。
ゆえに越は五湖の地で呉を制圧することができた。
ゆえに老子は言うのである。
これを縮めたいと思えば、まずこれを張ってやれ。
これを弱めたいと思えば、まずこれを強くしてやれ、と。


晋の献公は虞を攻めようとして、まず玉璧と馬を贈った。
智伯は仇由を攻めようとして、まず大きな車を贈った。
ゆえに老子は言うのである。
これを取ろうと思えば、まず与えよ、と。


まだ形に現れないときに事を起こして、大きな成功を天下に得ようとする。
これを微明という。
弱小の立場にいて、さらにみずからへりくだることを、老子は弱が強に勝つ、という。

形ある物は、大は必ず小から始まる。
長く存続する物は、多いものは必ず少ないものから始まる。
ゆえに老子は言うのである。
天下の難事は必ず易しいことから始まり、天下の大事は必ず微細なことから始まる、と。

このことから物事をうまく制しようとするなら、それが微細なうちに処理する。
ゆえに老子は言うのである。
難しいことはそれが易しいうちから計り、大きいことはそれが微細なうちから処理する、と。

千丈の堤も蟻や螻蛄のあけた小さな穴から潰れ、百尺の家も小さな隙間から入った煙がもとで焼けてしまう。
ゆえに白圭が堤を巡るのに、小さな穴を塞ぎ、老人が火を用心するのに、壁の隙間を塗る。
これによって白圭が巡れば水害は無く、老人が用心すれば火災は無い。
これらは皆、易しいうちに注意をして難しくなるのを避け、微細なうちに用心して大きくなるのを防ぐ者である。


医者の扁鵲が蔡の桓侯にまみえた。
立ったまましばらくして扁鵲は言った。
君には病がおありです。それは皮膚の表面におありです。治療しなければ深くなるでしょう、と。
桓侯は言った。
私に病など無い、と。
扁鵲は退出した。
桓侯は言った。
医者の物好きよ。病でもないのに治したと言って自分の功績にしようとしておるのだ、と。

それから十日が過ぎた。
扁鵲はふたたびまみえて言った。
君の病は皮膚の中におありです。治療しなければますます深くなるでしょう、と。
桓侯は返事をしなかった。
扁鵲は退出した。
桓侯は不機嫌であった。

それから十日が過ぎた。
扁鵲はふたたびまみえて言った。
君の病は胃腸におありです。治療しなければますます深くなるでしょう、と。
桓侯は返事をしなかった。
扁鵲は退出した。
桓侯は不機嫌であった。

それから十日が過ぎた。
扁鵲は桓侯を遠くから見て、走り逃げ帰った。
桓侯は人をやって問わせた。
扁鵲は言った。
病が皮膚の表面にあるうちは、湯の湿布で治りました。
皮膚の中にあるうちは、針をうつことで治りました。
胃腸にあるうちは、煎じ薬で治りました。
骨髄に至ってしまえば、司命の関わる領域です、と。

それから五日が過ぎた。
桓侯は体が痛んだ。
人をやって扁鵲を探させたが、すでに秦へ逃げてしまっていた。
桓侯はとうとう死んでしまった。

ゆえに良医が病を治すには、まず皮膚の表面のうちに手を打つ。
これは皆、物事が小さいうちに片付ける、というのである。

物事の禍福にもまた皮膚の表面のような時がある。
ゆえに聖人は早く物事にあたるのである。


昔、晋の公子重耳が亡命した。
その途中、鄭に立ち寄ったが、鄭君は礼遇しなかった。
叔瞻が諫めて言った。
これは賢明な公子です。ご主君は手厚くもてなし、恩を売っておくのがよろしいでしょう、と。
鄭君は聴き入れなかった。
叔瞻はまた諫めて言った。
手厚くもてなすのでなければ、殺してしまった方がよろしいでしょう。後の禍となってはいけません、と。
鄭君はまた聴き入れなかった。
公子重耳が晋へ帰り君主となったとき、兵を挙げて鄭を伐ち、大いに破って八城を奪い取った。


晋の獻公が垂棘の璧を贈って虞に道を借りて虢を伐とうとした。
虞の大夫宮之奇が諫めて言った。
いけません、脣亡びて歯寒し、とあるように、虞と虢は互いに救っても恩を受け合わない間柄です。今日、晋が虢を滅ぼしてしまえば、明日には虞もこれに従って亡びるでしょう、と。
虞君は聴き入れず、その璧を受け取り、晋に道を貸した。
晋は虢を取って、その帰りに虞を滅ぼした。


この二臣は皆、皮膚の表面のうちに片付けようとしたのである。
しかし二君は用いなかった。
そうであるなら、叔瞻、宮之奇は、虞や鄭にとっての扁鵲である。
しかも二君は聴き入れなかった。
ゆえに鄭は敗れ、虞は亡んだ。
ゆえに老子は言うのである。
物事が安定しているうちは持ち易く、物事がまだ起こらないうちは謀り易い、と。


昔、紂が初めて象牙で箸を作ったとき、箕子は恐れた。
思うに、象牙の箸は必ず土器の碗には用いず、犀の角や玉の杯を用いるようになるだろう。
象牙の箸に玉の杯を使うならば、必ず豆や豆の葉の汁物に使わず、必ず牛や象の肉や豹の腹子といったものに使われるだろう。
牛や象の肉や豹の腹子を使うならば、必ず丈の短い粗衣を着て、茅葺屋根の下に座って食うことはせず、錦の衣を九重に着て、広い室や高台に座るようになるだろう。
私はそうして贅沢な結果になることを恐れる。
だからその始まりとなる象牙の箸を見て恐れるのだ、と。

そうして五年が経つと、紂は肉の畑を作り、焙烙を設け、酒粕の丘に登り、酒池を臨んで、紂はとうとう亡んでしまった。
箕子は象牙の箸を見て、天下の禍を知ったのである。
ゆえに老子は言うのである。
小を見抜くことを明であると言う、と。


越王句践は呉に入朝して、みずから盾と戈を取って呉王の先駆けとなった。
ゆえに姑蘇で夫差を殺すことができた。
周の文王は玉門で罵られたが、顔色を変えなかった。
それで子の武王が牧野で紂を捕らえることができた。

ゆえに老子は言うのである。
柔を守ることを強という、と。

越王が覇者となったのは夫差の臣となることを気に病まなかったからである。
武王が王となったのは罵られることを気に病まなかったからである。
ゆえに老子は言うのである。
聖人は病むことがないのは、気に病まないからであり、これによって病むことがないのである、と。


宋の田舎者が璞玉を手に入れて子罕に献上した。
子罕は受け取らなかった。
田舎者は言った。
これは宝ですよ、君子の器をお持ちのお方がお持ちになるのがよろしく、卑しい人が用いるようなものではございません、と。
子罕は言った。
そなたは玉を宝だと思っているが、私はそなたの玉を受け取らないことを宝だと思っているのだ、と。
これは田舎者は玉を欲しがり、子罕は玉を欲しがらなかったのである。
ゆえに老子は言うのである。
物を欲しないことを欲し、得難い物を貴ばない、と。


王寿が書物を背負って歩いていると、周へ行く道で徐馮と出会った。
徐馮が言った。
事は人の行為である。行為とは時に応じて行うのであり、時に応じるということは一定であるということなどない。
書物は言葉で書かれている。言葉は知恵から生まれる。ゆえに知者は書物を蔵したりしないのである。
今、そなたは書物を背負って行くのか、と。
そこで王寿はその書物を焼き捨て、喜んで舞った。

ゆえに知者は言論で人に教えたりせず、書物を箱に蔵したりしない。
これは世の人々の行き過ぎたことであり、王寿はもとに復ったのである。
これは学ばないということを学んだのである。
ゆえに老子は言うのである。
学ばないということを学び、大衆の行き過ぎたことをもとに戻す、と。


物には決まった形がある。
そこでそれに応じて導く。
こうして物の形に従う。
ゆえに静かなときは物の本質を固め、動くときは自然の道理に順う。

宋の人で、君主のために象牙で楮の葉を作った者がおり、三年かかって完成した。
葉の厚いところ、薄いところ、茎と枝、葉の縁の様子や色つやなど、本物の楮の葉の中に混ぜても、区別がつかなかった。
この人はその功績によって宋の国の俸禄を受けた。
列子はこれを聞いて言った。
天地の自然が三年かかって一枚の葉を作るということなら、葉がある植物は少ないであろう、と。

ゆえに天地の自然の資質に頼らずに、ひとりの力に頼り、道理の決まりに随わずに、ひとりの智恵に学ぶというのでは、みなこの一枚の葉を作る行為と同じである。
ゆえに、冬に田を耕しても、農神、后稷でも豊かにすることはできず、豊年の豊かな稔りは蔵獲でさえも悪くすることはできない。
ひとりの力に頼ったのでは、后稷であっても足らず、自然に隨えば、蔵獲でもあり余る。
ゆえに老子は言うのである。
万物の自然を恃み、みずからことさらにしないのである、と。


耳目鼻口などの人体の穴は神明の戸口である。
耳目が美しい音や色に疲れ果て、精神が外側に出尽くすと、体の内側に主がいなくなる。
内側に主がいなくなれば、禍福が山のようにやってきても、それに気づくことはできない。
ゆえに老子は言うのである。
戸を出ずに天下の情勢を知ることができ、窓から伺わずに天の道がわかる、と。
これを神明が体内から離れ出ていないことを言ったのである。


趙襄主は馬の御し方を王子於期に学んだ。
あるとき急に於期と競争をした。
三度馬を取り替えたが、三度とも敗れた。
襄主は言った。
そなたは私に御し方を教えたが、その技術を教え尽くしておらぬな、と。
答えて言った。
技術はすでに教え尽くしました。その用い方を間違えたのです。
御し方で貴ぶべきことは、馬の体が馬車に添い、人の心が馬と同調し、そうなってはじめて速く遠くまで走るようになるのです。
しかし今、ご主君は、遅れれば私に追いつこうとし、先に進めば私に追いつかれることを恐れておいでです。
道を進んで遠くまで競争すれば、先に進むのでなければ後になるのです。
しかしご主君は先に進んでも後になってもその心は私を気にしておられる。
これでどうして馬と同調できましょうか。
これがご主君お負けになった原因でございます、と。


楚の白公勝は反乱を企てていた。
朝廷から退出するとき、杖を逆さに立てて顎を乗せて思案した。
杖の鋭い先端がその顎を貫き、血が流れて地に至るも気づかなかった。
鄭の人がこれを聞いて言った。
自分の顎をも忘れてしまった。
一体他に何を忘れないでいられようか、と。

ゆえに老子は言うのである。
遠くに出れば出るほど、知ることはますます少なくなってゆく、と。

智恵を遠くに行き渡らせると、身近なことは忘れてしまうのである。
ゆえに聖人は決まった行動をとらないので、広く知ることができる。
ゆえに老子は言うのである。
出て行かずに知ることができる、と。

また広く見ることもできる。
ゆえに老子は言うのである。
見ないでも明らかに見抜く、と。
時に応じて物事を行い、自然の材料を用いて功績を立て、万物の能力を活かして、そこから利益を得る。
ゆえに老子は言うのである。
何も為さずに全てを成し遂げる、と。


楚の荘王は位について三年が経った。
その間、法令を発することもなく、政治も行わなかった。
右司馬が玉座に侍して王に謎かけをした。
鳥が南方の丘にとまっております。
三年間、羽ばたきもせず、飛びもせず、鳴きもせず、黙って声も出しません。
これは何という鳥でしょうか、と。

王は言った。
三年間羽ばたきをしないのは、羽を長く伸ばそうとしてのことである。
飛ばず、鳴かないのは、民の様子を見ようとしてのことである。
飛ばないと言っても、ひとたび飛べば必ず天に至るだろう。
鳴かないと言っても、ひとたび鳴けば必ず人々を驚かせるだろう。
そなたは私のことなど捨て置くがよい。
私はこのことをよく承知しておる、と。

それから半年が過ぎると、王はみずから政治を行なった。
廃止したものが十、新たに設けたものが九、誅した大臣が五、登用した処士が六、国は大いに治まった。
挙兵して斉を誅し、これを徐州で破り、晋に河雍で勝ち、諸侯を宋に集めて会し、ついに天下に覇を唱えた。

荘王は小善を行わず、大きな名声を成した。
早く世に出ようとせず、大きな功績を挙げた。
ゆえに老子は言うのである。
大器はなかなか成らず、大音は聞き取れない、と。


楚の威王が越を伐とうとした。
杜子が諫めて言った。
王はなぜ越を伐つのですか、と。
王は言った。
政治が乱れて兵が弱いからだ、と。

杜子は言った。
私は、智恵が目のようであることを心配しているのです。
目は百歩先のものを見ることができますが、自分の睫毛を見ることはできません。
王の兵は、秦と晋に敗れて、数百里の土地を失いました。
これは兵が弱いということです。
荘蹻が国内で盗みを働いているのに、役人は捕らえることができません。
これは政治が乱れている、ということです。
王の、兵は弱く政治が乱れている、というのでは、越と変わりありません。
越を伐とうとなさるので、智恵は目のようである、と言うのです。

王は越を攻めることをやめた。
ゆえに知ることが難しいのは、他人を見ることではなく、みずからを見ることにあるのである。
ゆえに老子は言うのである。
自分で自分を見抜くのを明という、と。


子夏が曾子に会った。
曾子は言った。
どうしてそんなに太ったのですか、と。
答えて言った。
戦に勝ったからです、と。
曾子は言った。
どういう意味ですか、と。

子夏は言った。
私は家にいるときは、古の聖王の道を学んでいると、これを光栄だと思い、外にいるときは、富貴の楽しさを見ると、またこれを光栄だと思うのです。
この二つの思いが胸中で戦い、いまだに勝負がつきません。
ゆえに痩せました。
しかし今、古の聖王の道を学ぶことが勝ちました。
ゆえに太ったのです、と。

このように志を貫くことの難しさは、他人に勝つことではなく、自分に勝つことにある。
ゆえに老子は言うのである。
自分にうち勝つことを強という、と。


周に玉版があった。
殷の紂王は膠鬲を使ってこれを求めさせた。
周の文王は与えなかった。

費仲が来て求めた。
すると文王はこれを与えた。
これは膠鬲が賢者であり、費仲が無道者であったからである。

周としては、紂王に賢者の志を採用されるのを嫌ったので、費仲に与えたのである。

文王が太公望を渭水のほとりで登用したのは、これを貴んだからである。
しかし費仲に玉版を与えて助けたのは、これを愛したからである。
ゆえに老子は言うのである。
その師を貴ばず、その資を愛さないのであれば、知恵があるといえども大いに迷うであろう。
これを要妙というのである、と。



テーマ : 中国古典・名言
ジャンル : 学問・文化・芸術

韓非子 解老

徳とは人の内面のことであり、得とは人の外面のことである。
老子のいう「上徳は徳ならず」とは、得ならず、であり、その精神が外面のことに誘惑されないことをいうのである。
精神が外面のことに惑わされなければ、その身は完全に保たれるだろう。
その身が完全に保たれる状態を徳というのである。
徳とはその身に得たもののことである。

およそ徳とは、無為であることで身につき、無欲であることによって成し得るものであり、何も考えないことによって、その身は安泰となり、何も用いないことによって確かなものとなる。
欲を出し、物事を成そうとすれば、徳は身につくことはなく、徳が身につかなければ、その身は完全に保たれることはない。
何かを思い、何かを用いれば、その身は確かなものとならず、その身が確かなものにならなければ、何の功績もあげられないだろう。
功績がないというのは、得のために生じる。
得しようとすれば徳は身につかず、得しようとしなければ徳が身につく。

ゆえに老子は言うのである。
上徳は徳ならず、つまり、得ならず、であることによって徳は保たれる、と。


何も為すことなく、思慮することなく、虚心でいることを貴ぶのは、その意思が他に支配されなくなるからである。
かの術を心得ない者は、ことさらに何も為さず思慮しないで虚心でいようとする。
かのことさらに何も為さず思慮しないで虚心でいようとする者は、その意思が常に虚心であろうとすることを考え、虚心をなそうとすることに支配されてしまっているのである。

虚心とは、その意思が何者にも支配されない状態を言うのである。
今、虚心になるために虚心になるという意思に支配されては、これは虚心ではないのである。
虚心となった者が何も為さずにいるさまは、何も為さないことを常のあり方とはしていない。
何も為さないことを常のあり方とはしていなければこそ虚心である。
虚心であれば徳は大きくなる。
その徳が大きくなったものを上徳というのである。

ゆえに老子は言う。
上徳は何も為さずにいて、しかも何ごとをも為しとげるのである、と。


仁とは、心の底から喜んで人を愛することをいうのである。
その人に福があることを喜び、その人に禍があることを憎むさまは、心の抑えきれない気持ちから生じるのであり、報酬を期待してのことではないのである。

ゆえに老子は言うのである。
上仁は、これを行なっても、行なっていないのである、と。


義とは、君臣、上下の関係のことである。
父子、貴賤の差別であり、知人友人の交際に関係し、親しいと疎遠、内外の区別である。
臣下が君主に適切に仕え、身分の賤しい者が身分の高貴な者を適切に敬い、知人友人が適切に助け合い、親しい者は内に、疎遠な者は外にと適切に区別する。
義とはその適切なことをいうのである。
適切な関係で物事を為すのである。

ゆえに老子は言うのである。
上義はこれを行なって、しかも目的を持って行うのである、と。


礼とは内心を形としてあらわすためのものであり、様々な義を修飾するものであり、君臣、父子の交わり方であり、貴賤、賢愚を区別するためのものである。
内心で相手を慕っても相手には通じない。
そこで小走りに進み、身を低くして拝礼することで、その内心を明らかにする。
真心から愛しても相手には知られない。
そこで言葉を美しくし、口数を多くして、その愛情を伝える。
礼は外面を飾って内心をあらわすものである、と。

ゆえに老子は言うのである。
礼とは内心を形としてあらわすためのものである、と。


しかし、人は外からの物によって動くものであり、我が身のために行うものであるということを知らないのである。
多くの人々が礼を行うのは、相手を尊ぶためである。
ゆえに時に励み、時に怠る。

君子が礼を行うのは、我が身ためである。
我が身のために行うので、心を信にしてあらわすことを上礼とする。
上礼は信なるものであるのに、多くの人々の礼には表裏がある。
ゆえに上礼と多くの人々の礼とは相通ずることはできない。

相通ずることができないので、老子は言うのである。
上礼は、行なっても、返ってくるものはない、と。

多くの人々の礼に表裏があるといえども、聖人は恭敬をくり返し行い、手足を動かして礼を尽くすのは衰えることがない。
ゆえに老子は言うのである。
袖をふるって礼に依る、と。


道を積み重ねて、その積み重ねによって功績が現れてくる。
徳とは道の積み重ねにいって得られる功績なのである。
功績が充実すると光り輝く。
仁とは徳の光なのである。
その光には光沢があり、光沢は様々な物事を照らす。

義とは仁が照らし出した物事なのである。
その物事には礼の区別があり、礼には飾りがある。
礼とは義を飾るものである。

ゆえに老子は言うのである。
道が失われると徳が失われ、徳が失われると仁が失われ、仁が失われると義が失われ、義が失われると礼が失われる、と。


礼とは心の内を形に現したものであり、文とは実質を飾るものである。
そもそも君子は心の内を取り上げて形を捨て去り、実質を好んで飾りを嫌うのである。
つまり、形を恃んで心の内を論じるのは、その心の内が醜いからである。
飾りを恃んで実質を論じるのは、その実質が弱いからである。
何故そう言えるのかを論じる。

和氏の璧は、五色で飾ったりはしない。
隋侯の珠は、金銀で飾ったりはしない。
その実質が最も美しく、何物をもってもこれを飾る必要がない。
飾り立ててから始めて出されるようなものは、その実質が美しくないからである。

こうしたことから、父子の間では、その礼は素朴であって明確ではない。
ゆえに老子は言うのである。
礼とは薄いものだる、と。


およそ物ごとは並び栄えることはない。
陰と陽がそれである。

道理として、奪うこともあれば与えることもある。
刑罰と賞がそれである。

実質が充実しているものは外側の形は簡素になる。
父子の礼がそれである。

これらのことから見ると、礼が繁雑なのは心の内が貧弱だからである。
そうならば、礼を行うとは、人の純朴な心を相手に通じるようにするためのものである。
ところが、多くの人が礼を行うさまは、相手が応じて返礼すれば軽々しく歓び、応じず返礼しなければ責め、怨む。

今、礼を行うのは、人の純朴な心を通じるようにするためであるのに、これをもとにして互いに責め合う材料とする。
これで争わないわけがない。
争いが起これば世は乱れる。

ゆえに老子は言うのである。
かの礼は忠信が薄くなったものであり、世の乱れの始まりである、と。


物ごとに先立って行い、自然の理に先立って動く。
これを前識という。
前識とは根拠もなくでたらめに推量することである。
何故そう言えるのか。

楚の詹何が室に座しており、弟子が側に控えていたとく、牛が門の外で鳴いた。
弟子が言った。
あれは黒い牛で、白い額です、と。
詹何は言った。
そうだ、あれは黒い牛だ。
だが白いのはその角だろう、と。
人をやって牛を見に行かせた。
果たして黒い牛であり、白い布でその角を包んでいた。

こうした詹子の透視の術が、多くの人々の心に触れると、知識がはっきり得られず危うい。
ゆえに老子は言うのである。
道の無駄花である、と。


もしも詹子の透視の術を用いずに、小さな童子を門の外へ見に行かせれば、黒い牛で、布で角を包んでいるということがわかる。
つまり詹子の透視の術を用いるに、詹子が精神をすり減らして透視するのも、小さな童子が門の外に見にいくのと、同じ結果になる。
このことから、愚の始まりだと言うのである。

ゆえに老子は言うのである。
前識とは道の無駄花であり、愚の始まりである、と。


いわゆる大丈夫とは、その智恵が深い人を言うのである。
いわゆる厚い処におり、薄い処にいない、とは、心の実情の通りに行って、飾り立てた儀礼を取り去ることである。
いわゆる実におり、華にいない、とは、必ず理にかなうやり方をして、ひとつ飛ばしなやり方をしないのである。
いわゆる彼を避けて此を取る、とは、飾り立てた儀礼や、ひとつ飛ばしなやり方をせずに、理にかなったやり方をし、心の実情の通りに行うのである。

ゆえに老子は言うのである。
彼を避けて此を取る、と。


人は、禍が起こると心は恐れ、心が恐れれば行動はまっすぐになり、心がまっすぐになれば思慮深くなり、思慮深くなれば物事の理を得られる。
行動がまっすぐであれば禍を受けず、禍を受けなければ天寿を全うする。
物事の理を得れば必ず成功し、天寿を全うすれば全くもってめでたく、必ず成功すれば富貴を得られる。
天寿を全うし富貴を得られれること、これを福という。
そして福とは禍が起こることに基づいている。

ゆえに老子は言うのである。
禍は福の寄るところ、と。

これによって成功するのである。
人は、福があると富貴が得られ、富貴が得られると衣食が良くなり、衣食が良くなると心が驕り、心が驕ると行動が道を外れ、理に反くようになる。
行動が道を外れるとその身は横死し、行動が理に反くと成功もできない。
内には横死の危難があり、外には成功の功名を得られないというのは大禍である。
このように禍は福があることから生じる。

ゆえに老子は言うのである。
福は禍が潜むとこり、と。


もし自然の道理によって物事を行うなら、成し遂げられないものはない。
成し遂げられないものがなければ、大きくは天子の権勢と尊位を得て、小さくは大臣や将軍の賞や禄を容易く得られる。
もし自然の道理を捨てて軽挙妄動するなら、上は天子諸侯の権勢と尊位を得て、下は猗頓、陶朱、卜祝のような富があったとしても、なおその民を失い、その財産を失う。
多くの人々が軽々しく道理を捨てて、軽挙妄動するのは、禍福の関係が深く、道理がこれほど遠大であることを知らないからである。

ゆえに老子は人に諭して言うのである。
誰がその極致を知るだろうか、と。


人で富貴天寿を望まない者はおらず、しかもいまだ貧賤横死の禍を免れることができないでいる。
これでは自分自身がそこに至りたいと思っても、至ることはできないのである。
およそその至りたいところへの路を失って妄動することを、迷うと言う。
迷えば、その至りたいところに至ることはできないだろう。
今、多くの人々がその至りたいと思うところに至ることができない。
ゆえに老子は迷う、と言っている。

多くの人々がその至りたいと思うところに至ることができないのは、天地が分かれてより今に至る。
ゆえに老子は言うのである。
人が迷っていることは、その日数は言うまでもなく既に久しい、と。


いわゆる方とは、内心と外形が合い、言行が一致していることである。
いわゆる廉とは、生死を運命として、財貨に執着しないことである。
いわゆる直とは、行動が必ず公正で、心に偏りがないことである。
いわゆる光とは、官位爵禄が高貴で、衣服が壮麗なことである。

今、道を心得た士は、内外の人々に信頼され従われているとしても、苦しみ堕落した人を誹謗しない。
節義のために死に、財貨を軽んじるとしても、生活に疲れて節義を怠っている人を侮りもせず貪欲な人を辱めもしない。
端正で贔屓しないとしても、心が邪な人を追い払わず私利を求める人を罰しない。
権勢があり地位が尊く衣服が壮麗であっても、身分の低い人に驕らず貧しい人を侮ったりしない。
その理由は何故であろうか。

道を失った者に、智者に聴いて教えを請えば、迷わずにすむ。
今、多くの人々が功を成そうと思いながら、しかもかえって失敗する理由は、道理を知らず、あえて智者に問わず、能ある者の言うことを聴かないことから生じるのである。
多くの人々があえて智者に問わず、能ある者の言うことを聴かないのに、聖人がその禍や失敗を説いて人々を責めても、怨まれるだけであろう。
俗人は多く、聖人は少ない。
少ない者が多い者に勝てないのは、数の道理である。

今、自分が挙動して天下の仇となるのは、その身を全うし、長生するための方法ではない。
ゆえに、節度ある行動をして世に示すのである。
ゆえに老子は言うのである。
方であって割ではなく、廉であって劌ではなく、直であって肆ではなく、光であって耀ではない、と。


聡明や叡智は天性のものである。
行動や思慮は人の意志によるものである。
人とは、天の明によって見、天の聡によって聴き、天の智によって思慮するものである。
ゆえに見ることが強すぎると目はくもり、聴くことが強すぎると耳は塞がれ、思慮が度を越すと智恵が乱れる。
目がくもれば白黒の区別をつけることができない。
耳が塞がれれば、清濁の声を聴き分けることができない。
智恵が乱れれば、損得の所在を明らかにすることができない。

目が、白黒の区別をつけることができないことを盲と言う。
耳が、清濁の声を聴き分けることができないことを聾と言う。
心が、損得の所在を明らかにすることができないことを狂と言う。

盲であれば昼間の危険を避けることもできない。
聾であれば雷鳴の危害を知ることもできない。
狂であれば人間社会の法令を犯して罰せられる禍を免れることもできない。

老子の書に、人を治める、とあるのは、人としての行動の節度が適切で、思慮の消耗を省くということである。
天に事える、とあるのは、耳目の聡明の力を使い切らず、智恵の限りを尽くさないということである。
もしも聡明の力を尽くすなら、多くの精神を費やし、多くの精神を費やすならば、盲、聾、狂などの禍がもたらされるであろう。
ゆえにこれを嗇すのである。

これを嗇すとは、その精神を惜しみ、その智恵を大切にするということである。
ゆえに老子は言うのである。
人を治め天に事えるには、嗇に及ぶものはない、と。


多くの人々が精神を用いるさまは騒がしい。
騒がしければ消費が多い。
消費が多いのを侈という。

聖人が精神を用いるさまは静かである。
静かであれば消費は少ない。
消費が少ないのを嗇という。

嗇の道は道理から生じる。
精神を嗇に用いることができるということは、道理に従い、服するということである。
多くの人々は病を患い、禍に陥っても、なお退くことを知らず、道理に服従しない。
聖人は病や禍に出会わなくても、心を虚無にして道理に服従する。
これを蚤服と称する。

ゆえに老子は言うのである。
ただ嗇であること、これによって蚤服となる、と。


人を治めることを心得た者は、その思慮が静かである。
天に事えることを心得た者は耳目鼻口が虚空である。
思慮が静かであれば、身につけた徳を失うことはない。
耳目鼻口が虚空であれば、自然の調和の気が日ごとに体に入ってくる。
ゆえに老子は重積徳と言うのである。


身につけた徳を失わず、日ごとに新しく自然の調和の気を体に入れてゆくなら、蚤服の境地に至るだろう。
ゆえに老子は言うのである。
蚤服に至る、これを重積徳と言う、と。


徳を積み上げることで、精神は静かになる。
精神が静かになることで、心の調和が多くなる。
心の調和が多くを占めることで、物ごとの計画がうまくいく。
計画がうまくいくことで、万物を制御することができる。

万物を制御することができるなら、戦えば敵に勝つのも容易く、戦って敵に勝つのが容易ければ、その論説は世を覆うように皆に受け入れられる。
ゆえに老子は言うのである。
克たざるなし、と。


勝てないものはない、とは、重積徳に基づくものである。
ゆえに言うのである。
重積徳であれば勝てないものはない、と。
戦って敵に勝つのが容易ければ、天下を併合でき、論説が世を覆えば、人民は皆、従うであろう。
進んでは天下を併合し、退いても人民は従う。
しかもその道が深遠であれば、多くの人々はその一端をも見ることができない。
その一端をも見ることができなければ、その極意を知ることができる者などいない。

ゆえに老子は言うのである。
勝てないものがなければ、その極意を知る者はいない、と。


およそ今、国を保っていても、後にこれを失い、今、身を保っていても、後に禍に陥いる、というのでは、国を保ち身を保つ、とは言えない。
うまく国を保つことができれば、必ず社稷を安んじ、その身を保つことができれば、必ず天寿を全うすることができるだろう。
そうなってこそ国を保ち身を保つ、ということができる。

国を保つことができ、その身を保つ者は、必ず道を体得している。
道を体得していればその智恵は深く、智恵が深ければその謀は遠大である。
その謀が遠大であれば多くの人々はその極致を見ることができない。
ただ人々にその極致を見させないようにする。
人々にその極致を見させないならば、その身を保ちその国を保つことができる。

ゆえに老子は言うのである。
その極致を知る者がいなければ、国を保つことができるであろう、と。


いわゆる、国を保つ母、というのは、道である。
道というものは国を保つための術を生む。
国を保つための術であるから、これを国を保つ母という。
そもそも道とは世とともに変遷するものであり、その生を活かすに長く、禄を維持するに久しい。
ゆえに老子は言うのである。
国を保つ母は長久である、と。


樹木には曼根と直根がある。
直根とは老子の書にある柢である。
柢とは木が生育するための基となるものである。
曼根とは木の生命を維持するためのものである。

徳とは人が生育するための基となるものである。
禄とは人の生命を維持するためのものである。
今、自然の理に基づいて生きる者は、禄を久しく維持することができる。

ゆえに老子は、その根を深くせよ、と言う。

道を修めた者は、その生命は長久である。
ゆえに老子は、その柢を固くせよ、と言う。

柢が堅固であれば生命を長く保つことができ、根が深ければ長く生きて世を見ることができる。
ゆえに老子は言うのである。
その根を深くし、その柢を固くすることは、長生きし、長く世を見ることができる道である、と。


職人がしばしば仕事を変えれば、その成果は得られず、耕作者がしばしば計画を変更すると、その成果は得られない。
一人の仕事で、一日に半日分の損失があるなら、十日で五人分の成果を失うことになる。
一万人の仕事で、一日に半日分の損失があるなら、十日で五万人分の成果を失うことになる。
そうであるなら、しばしば仕事を変えると、その従事する人が多いほど、その損失も大きくなるのである。

およそ法令が改まると人々の利害も変わり、利害が変われば民が励む内容も変わってしまう。
民が励む内容が変わるというのは、仕事を変えることと同じである。
ゆえに道理から考えると、民衆を使ってその仕事をしばしば変えると成功は少なく、大きな器を蔵うのにその場所をしばしば移すのでは傷つける機会が多く、小魚を煮るときにこれをかき混ぜればその形を損ない、大国を治めるのにしばしば法を変えれば民は苦しむだろう。
これらのことから、道を心得た君主は、安静を貴び、変法を重んじない。

ゆえに老子は言うのである。
大国を治めるのは小魚を煮るようなものだ、と。


人は、病にかかると医者を貴び、禍にあうと鬼神を恐れる。
聖人が上にいて治めれば、民は欲が少なくなり、民に欲が少なければ、血気は良くなり行動も正しくなる。
行動が正しくなれば禍は少なくなる。
もし自分の身の内に腫れものやできものの害が無く、身の外に刑罰の禍がなければ、鬼神を軽んじること甚だしい。

ゆえに老子は言うのである。
道に従って天下を治めれば、鬼神も霊妙な力を持たなくなる、と。

よく治まった世の民は鬼神と害しあうことがないのである。
ゆえに老子は言うのである。
鬼神が霊妙な力を持たないのではない、その霊妙な力が人を害することがないのである、と。

鬼神が祟ると人を病気にさせる、これを鬼神が人を害する、と言う。
人が祈祷して鬼神を追い払う、これを人が鬼神を害する、と言う。
民が法令を犯す、これを民がお上を害する、と言う。
お上が民を処刑する、これをお上が民を害する、と言う。
民が法を犯さなければ、お上もまた刑罰を行わない。
お上が刑罰を行わない、これをお上が民を害さない、と言う。

ゆえに老子は言うのである。
聖人もまた民を害さない、と。

お上は民と害しあわず、人は鬼神と害しあわない。
ゆえに老子は言うのである。
ふたつとも害しあうことがない、と。

民があえて法を犯さなければ、お上は内では刑罰を用いずにすみ、外では産業で得られる利益を貪ることもない。
お上が内では刑罰を用いず、外では産業で得られる利益を貪ることもないなら、民は繁栄し、民が繁栄すれば、物資の蓄積も多くなる。
これを有徳と言うのである。

そもそも、いわゆる鬼神が祟る、とは、人から魂魄が抜け去って精神が錯乱することである。
精神が錯乱すると徳は無くなる。
もし鬼神が人に祟らなければ魂魄は抜け去らない。
魂魄が抜け去らなければ、精神は錯乱しない。
精神が錯乱しない状態を有徳と言う。

ゆえにお上が物資の蓄積を多くして、鬼神が民の精神を錯乱させなければ、徳がことごとく民に備わる。

ゆえに老子は言うのである。
ふたつとも害しあわなければ、徳はすべて民のものとなる、と。
徳が上にも下にも盛んになり、ともにすべて民に帰することになる、ということである。


道を心得た君主は、国外は隣国に怨みや仇を持つ敵は無く、国内は人民に恩沢が行き渡っている。
もし国外に隣国に怨みや仇を持つ敵がいなければ、諸侯をもてなすにも礼義を守る。
もし国内の人民に恩沢が行き渡っていれば、民事を治めるのに農業を第一とする。
諸侯をもてなすのに礼義を守っていれば、戦役が起こることは稀であり、民事を治めるのに農業を第一とすれば、贅沢は行わなくなるだろう。

およそ馬が大いに用いられるのは、外では軍事に用いられ、内では贅沢品を運ぶためである。
今、道を心得た君主は、外は軍事を起こすことが稀であり、内は贅沢を禁じる。
お上は馬を戦闘や追撃に用いることなく、民は馬を用いて遠くに贅沢品を運ぶこともせず、力を用いるところはただ耕作のためだけである。
力を用いるところが、ただ耕作のためだけであれば、必ずそれは土を耕し、水を撒くことになる。

ゆえに老子は言うのである。
天下に道があるときは、馬を速く走らせず耕作に使う、と。


君主が無道であると、内では民を暴虐に扱い、外では隣国を欺き侵略する。
内で民に暴虐であれば民の産業は絶え、外で隣国を欺き侵略すれば戦争がしばしば起こるだろう。
産業が絶えれば家畜は少なくなり、戦争がしばしば起これば士卒が尽きる。
家畜が少なければ軍馬は乏しくなり、士卒が尽きれば軍は保てなくなる。
軍馬が乏しくなれば将軍の馬も駆り出され、軍が保てなければ君主の近臣も兵役につかねばならならないだろう。
馬は軍の重要な手段であり、郊とは都に近いところを言うのである。
今、軍に補給するために、将軍の馬や近臣から駆り出される。

ゆえに老子は言うのである。
天下に道がなければ、軍馬は君主の近臣から生じる、と。


人は欲を持つと判断力が乱れ、判断力が乱れると欲が激しくなり、欲が激しくなれば邪心が勝ち、邪心が勝てば物事の正しい処理ができず、物事の正しい処理ができなければ禍が起こるだろう。このことから考えると、禍は邪心から生じ、邪心は欲望に誘いだされる。
欲望の類は、進んでは良民に姦悪を働かせ、退いては善人に禍を被らせる。
姦悪が起これば、上は君主を侵害して弱め、禍が降りかかれば人民の多くは被害を受ける。
そればらば欲望の類は、上は君主を侵害して弱め、下は人民を傷つける。
上は君主を侵害して弱め、下は人民を傷つけるのは大罪である。

ゆえに老子は言うのである。
罪は欲望よりも大きいものはない、と。


ゆえに聖人は五色の美しさに惹かれず、音楽に乱されることもない。
名君は愛玩物を賤しみ淫靡を取り除く。
人には羽毛はない。
衣服を着なければ寒さを凌げない。
上は天にあるものではなく、下は地に根付くものではない。
胃腸を根本として栄養をとっているのだから、物を食わねば生きていくことはできない。
そこで利益を求める欲望の心から免れない。
利益を求める欲望の心を除けないのは、その身の憂いである。

ゆえに聖人は、衣服は寒さを凌げる程度で充分で、食べ物は空腹が満たされれば充分であれば、憂うことはない。
しかし多くの人々はそうではない。
大は諸侯となろうと、小は千金の資産を残そうと、その物を得ようとする欲望の憂いが除かれることはないのである。
囚人でも解放されることはあるし、死刑囚でも時には赦されることがある。
今、満足することを知らない者の憂いは、生涯解けることはない。

ゆえに老子は言うのである。
禍は満足することを知らないことよりも大きいものはない、と。


ゆえに利益を求める欲望が激しければ憂うことになり、憂いが起これば病が生じ、病が生じれば智恵が衰え、智恵が衰えれば見込みが狂い、見込みが狂うと行動がでたらめになり、行動がでたらめになると禍害が降りかかり、禍害が降りかかれば病が身の内に纏わり、病が身の内に纏われば大きな禍が外に迫り、大きな禍が外に迫れば胃腸の間に苦痛が起こり、胃腸の間に苦痛が起これば人を傷つけることいたましく、いたましければ身を退いてみずからを咎めることになる。
身を退いてみずからを咎めることになるのは、利益を求める欲望から生じる。
ゆえに老子は言うのである。
咎めるべきは利益を求める欲望よりも大きなものはない、と。


道とは万物がそうあるべき根拠であり、万理が集まる根本である。
理とは物を成り立たせる筋道であり、道は万物を成り立たせる根本である。ゆえに老子は言うのである。道とは万物を理によって秩序づけるものである、と。

物には理があり、互いに他を侵すことはできない。
ゆえに理が万物を制御し、万物はそれぞれに異なった理を有する。
万物それぞれが異なった理を有するが、道はことごとく万物の理を備え合わせる。
ゆえに道は常に変化せずにはいられない。
変化せずにはいられないので、常に決まったあり方というものが無い。
決まったあり方というものが無いので、人の生死もそこから受け、万人の智恵もそこから汲み取り、万事がそこから興り廃れるのである。

天は道を得て高く、地は道を得て万物を覆い、北斗の星は道を得てその威勢を示し、日月は道を得て常に光を放ち、木火土金水の五行は道を得てその立場を保ち、諸星は道を得てその運行を正しくし、春夏秋冬の四季は道を得てその気の変化をなし、軒轅氏は道を得て四方を服させ、赤松氏は道を得て天地を統べ、聖人は道を得て文明を作り上げた。

道は堯、舜と共に思慮深く、接輿と共に狂い、桀、紂と共に滅び、湯、武と共に栄えた。
道は近くにあるかと思えば、四方の極限にある。
遠くにあるかと思えば、常に我が側にある。
暗いものかと思えば、明々と光っている。
はっきり見えるかと思えば、暗くて見えない。
こうして天地を作り上げ、雷霆を起こし、宇宙の万物はこの道によって成るのである。

およそ道の実情として、制御されず決まった形もない。
柔軟に時に従い、物の理に相応じる。
万物は道を得て死に、道を得て生きる。
万物は道を得て失敗し、万物は道を得て成功する。

道を何かに喩えるなら水のようであり、溺れる者が多く水を飲めば死んでしまうし、喉が渇いた者が適切に水を飲めば生きられる。
また、道を他の何かに喩えるなら剣戟のようであり、愚人が怒りに任せて振るえば禍を引き起こすし、聖人が暴徒を誅すれば福がもたらされるだろう。
ゆえに道を得て死に、道を得て生き、道を得て失敗し、道を得て成功する、というのである。


人が生きている象をみることは稀である。
そこで死んだ象の骨を得て、その図を考えてその生きた姿を想像する。
ゆえに人々が心の中で想像したものを皆、象と言うのである。

今、道は見聞きすることができないといえども、聖人はその現れた物事を取り上げて、その道の形を現そうとする。
ゆえに老子は言うのである。
無状の状、無象の象、と。


およそ理とは、方形と円形、短いと長い、粗いと細かい、堅いと脆いなどの区別である。
ゆえに理が定まった後に道を得ることができるのである。
ゆえに定まった理には存亡があり、生死があり、盛衰がある。

そもそも物が存在したかと思えば無くなったり、たちまち死んだかと思えば、たちまち生まれたり、初めは盛んでも後には衰えたりするのは常というわけにはいかない。
ただそれが天と地が別れたときに共に生まれ、天地が消滅するときがきても死なず衰えないものが常と言える。
常は変わることがなく、定まった理を持たない。
定まった理が無いものは、常に決まった場所に存在するものではない。
これによって道とすることはできないのである。
聖人はその暗く虚ろな世界を観察し、その周回する動きを捉え、強いて名付けて道と呼び、こうして論じることができるようになった。

ゆえに老子は言うのである。
道の道とすべきは常の道にあらず、と。


人は生に始まり、死に終わる。
始まることを出ると言い、終わることを入ると言う。
ゆえに老子は言うのである。
生に出て死に入る、と。

人の体には三百六十の骨節があり、四肢と九つの穴はその重要な器官である。
四肢と九つの穴の十三の器官は、ことごとく生に属する。
この属のことを徒と言う。
ゆえに老子は言うのである。
生の徒は十三である、と。


死に至ると十三の器官は皆、還って死に属する。
死の徒もまた十三なのである。
ゆえに老子は言うのである。
生の徒は十三、死の徒は十三、と。

およそ民は生き生きと生きているときは動き回るが、動き続けていれば身を損傷する。
そこで動かすことをやめなければ、身を損傷すつのをやめないことであり、損傷するのをやめなければ生命は尽きてしまう。
生が尽きることを死と言う。
すると十三の器官というものはすべて死へ向かうものとなる。
ゆえに老子は言うのである。
民が生き生きと動き、動いて皆、死へと向かうのもまた、十三の器官である、と。


こうしたわけで聖人は精神を愛し、心を静かに保つことを貴ぶ。
そうでなければ野牛や虎の害より甚大になる。
野牛や虎には縄張りがあり、その動静にも時が決まっている。
その場所を避け、その時を考えれば、その野牛や虎の害を免れることができるだろう。
民はただ野牛や虎に爪や角があるのを知っているだけで、万物にことごとく爪や角があることを知らず、万物の害を免れることができない。
何故そうなのかを論じる。

季節の雨が降り続き、広い原野は静かであるのに、早朝や日暮れに山川に押し入れば、風や露の爪や角に害されるだろう。
お上に仕えるのに不忠で、軽々しく禁令を犯せば、刑法の爪や角に害されるだろう。
郷里にいて礼節を守らず、愛憎が激しく度を越せば、闘争の爪や角に害されるだろう。
嗜好や欲望に際限がなく、動静に節度がなければ、できものや腫れものの爪や角に害されるだろう。
自分勝手な智恵を好んで用い、道理を捨てれば、天の網の爪や角に害されるだろう。

野牛や虎には縄張りがあり、万物の害には原因がある。
その縄張りを避け、その原因を防げば、諸々の害を免れることができる。

およそ武器や甲冑は害に備えるためのものである。
生命を重んじる者は、軍に入っても怒り争う心を持たない。
怒り争う心を持たなければ、害を防ぐための手段を用いることもない。
これはただ野戦の軍のみに言えることではない。

聖人が世に悠々と暮らすのは、人を害する心を持たないからである。
人を害する心を持たなければ、必ず人からも害されない。
人から害されることがなければ、人に備えることもない。
ゆえに老子は言うのである。
陸路を行くに野牛や虎に会わない、と。

従軍しても武備に頼って害を防ぐこともない。
ゆえに老子は言うのである。
従軍しても武備に頼らない、と。

諸々の害から遠ざかる。
ゆえに老子は言うのである。
野牛も角をぶつけるところがなく、虎もその爪を立てるところがなく、武器もその刃を当てるところがない、と。


備えをせずとも必ず害されることがないのは、天地の道理なのである。
天地の道を体得するのである。
ゆえに老子は言うのである。
死地無し、と。
行動しても死地がない、これを善く摂生する、という。


子を愛する者は子を慈しむ。
生を重んじる者は身を慈しむ。
功績を貴ぶ者は事を慈しむ。
慈母は幼児に対して幸福になるように努める。
幸福になるように努めれば、その禍を除くことを仕事とする。
その禍を除くことを仕事とすれば、思慮深くなる。
思慮深くなれば物事の理がよく分かる。
物事の理がよく分かれば、必ず成功する。
必ず成功すれば、その行動に迷いはない。
迷わない状態を勇と言う。
聖人が万事において、常に慈母が幼児のために思慮するようなものである。
ゆえに必ず行うべき道を見つける。
必ず行うべき道を見つけるならば明らかであり、事を行うのに迷いがない。
迷いがないことを勇と言う。
迷いがないのは慈から生じる。

ゆえに老子は言うのである。
慈であるがゆえに勇たり得るのである、と。

周公は言った。
冬の日の凍り方が固くなければ、春夏の草木の生育はよくない、と。


天地も常に贅沢に浪費することはできない。ましてや人においては尚更である。
ゆえに万物には必ず盛衰があり、万事には必ず緩急があり、国家には必ず文武があり、政治には必ず賞罰がある。

こうして智恵のある士は財産を倹約して家を富ませ、聖人は精神を大切に使って精力を盛んにし、君主は兵卒を戦わせるのを慎重にして民を多くし、民が多くなれば国は広くなる。
このことを指して老子は言うのである。
倹であるがゆえに広げることができる、と。


およそ形のある物は、裁ち易く、割き易い。
なぜそうなのかを論じる。

形があれば長短があり、長短があれば大小があり、大小があれば方円があり、方円があれば堅い脆いがあり、堅い脆いがあれば軽重があり、軽重があれば白黒がある。
長短、大小、方円、堅脆、軽重、白黒、これらを理と言う。
理が定まっているので、物は割き易いのである。
ゆえに朝廷で議論するときに他より後で物を言うのは、かの権謀に優れた士がよく心得ていることである。

方円を画こうとして定規に従えば、万事に功績が現れ、こうして万物には定規となるものがあるのである。
権謀の士は物事の定規をわきまえている。
聖人はことごとく万物の定規に従う。

ゆえに老子は言うのである。
あえて天下の先とならず、と。

あえて天下の先とならなければ、物事を成し遂げられないことはなく、功績が上がらないことはなく、その謀が世を覆う。
高官になるまいと思っても、そうはいかない。
高官に就くということは、物事を成し遂げる長になることを言う。

これらのことから老子は言うのである。
あえて天下の先とならないので、物事を成し遂げる長となることができる、と。


子を慈しむ者は、子に衣食を絶やさないようにし、我が身を慈しむ者は、あえて法に背かず、方円を慈しむ者は、あえて定規を捨てない。
ゆえに戦争に臨んで士卒を慈しむなら、戦えば敵に勝ち、防備の道具を慈しむなら、城は堅固である。

ゆえに老子は言うのである。
慈しみをもって戦えば勝ち、守れば堅固である、と。


もしみずからの身を全うして、ことごとく万物の理に従うならば、必ず天の生命を持っている。
天の生命とは、万物の生成の意志である。
ゆえに天下の道はことごとく生成の道である。
もし慈しみによってこの道を守れば、物事は必ず万全で行動が当たらないことなどない。
これを宝と言う。

ゆえに老子は言うのである。
我に三つの宝がある。これを保持して宝とする、と。


老子の書にある大道とは、正道のことである。
書にある貌施とは、邪道のことである。
径大とは、佳麗のことであり、佳麗とは邪道の一種である。
朝廷がはなはだ掃除されているのは、訴訟や裁判が多いからである。
訴訟や裁判が多くなれば田畑が荒れ、田畑が荒れれば朝廷の倉は空になり、朝廷の倉が空になれば国は貧しくなり、国が貧しくなれば民の風俗が乱れる。
民の風俗が乱れれば衣食に関する職業は廃れ、衣食に関する職業が廃れれば、民は巧妙に詐り飾り立てるようになり、巧妙に詐り飾り立てるようになると模様を彩るようになる。
模様を彩るようになることを、文采を服す、と言う。
訴訟や裁判が多く、倉庫は空で、乱れた風俗となれば、国の害となるその様は、鋭い剣で刺すようなものである。

ゆえに老子は言うのである。
鋭い剣を帯びている、と。


人々が小賢しい智恵を飾り立て、国を害するようになると、その家は必ず富む。
私家が必ず富むので、老子は言うのである。
財貨が余っている、と。

国にこのような者がいれば、愚かな民はそれに倣って真似るようになり、これに倣えばこそ泥が生まれる。
このことから見ると、大きな姦悪が起これば小盗が従い、大きな姦悪が唱えれば小盗が応じる。

竽は五音の中心である。
ゆえに竽が先に吹かれて鐘や瑟などがみな従って続き、竽が鳴って他の楽器が皆和する。
今、大きな姦悪が起こると俗人が唱え、俗人が唱えると小盗は必ず和するだろう。

ゆえに老子は言うのである。
文采を服し、鋭い剣を帯び、飲食に厭きて、財貨が余っている者、これを盗竽と言う、と。


人は賢愚なく、己の行動の取捨選択をする。
心静かで無欲にして安らかであれば、禍福がどのようにやって来るかを分かるものである。
好悪の心があり、心を乱すものに誘われて、その後乱れてゆく。

その理由は、人は外界の者に心を引かれ、好きな物に心が乱されるからである。
心静かで無欲であれば取捨選択を正しく判断でき、安らかであれば禍福の分別も分かる。
しかし今や好きな物に心を引かれ、外界の物に引かれる。
心を引かれてゆく。
ゆえに老子は、抜く、と言う。

聖人の場合はそうではない。
ひとたびその取捨選択して基準をたてると、好きな物を見ても、心を引かれることはない。
引くことができないことを、抜けない、と言う。
ひとたび精神が統一されると、欲しい物があったとしても、精神は動じない。
精神が動じないことを、脱しない、と言う。
人の子孫たる者、この道を体得し、宗廟を守って滅びないことを、先祖の祭祀が絶えない、と言う。


身は精神を積むことを徳とし、家は資財を蓄えることを徳とし、郷や国や天下は皆、民を増やすことを徳とする。
今、身を治めて外界のものに精神を乱されることがない。
ゆえに老子は言うのである。
これを身に修めれば、その徳は真である、と。

真とは固く慎んでいることである。
家を治めて、無用な物にその家計を動かされることがなければ、資財は余るようになる。
ゆえに老子は言うのである。
これを家に修めて、その徳は余る、と。

郷を治める者がこの節度を守って行えば、家財の余る者がますます多くなる。
ゆえに老子は言うのである。
これを郷に修めて、その徳は長く続く、と。

国を治める者がこの節度を守って行えば、郷の財産の余る者がますます多くなる。
ゆえに老子は言うのである。
これを国に修めて、その徳は豊かになる、と。

天下に臨む者がこの節度を守って行えば、民の生活はその恩沢を受けることになる。
ゆえに老子は言うのである。
これを天下に修めて、その徳は普く行きわたる、と。

身を修める者は、これを基準に君子と小人を見分け、郷を治め、国を治め、天下に臨む者には、それぞれにこの科条によって善し悪しを観察すれば、万に一つも失敗はない。
ゆえに老子は言うのである。
身によってその身を観察し、家によってその家を観察し、郷によってその郷を観察し、国によってその国を観察し、天下によってその天下を観察する。私は何によって天下がそうなるのか、を知るのかと言えば、これによって知るのである、と。




テーマ : 中国古典・名言
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

韓非子 集中講義 石川 武志

Author:韓非子 集中講義 石川 武志
東洋大学中国哲学文学科に学ぶ。
中国学を志して、およそ20年。
専門は韓非子を中心に、古代中国における諸子百家の思想、哲学。
春秋戦国時代の法家、韓非子の翻訳、研究と解説。
韓非子集中講義主宰。

通背拳の伝承、指導。
日本白猿通背拳研究会を設立。

儒学者、近藤篤山の研究。
第二十四号 論語指導士
(論語教育普及機構認定)
http://p-kies.net/rongo/#r1/

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