韓非子 説林下 書き下し文

伯楽、二人に踶馬(ていば)を相(そう)するを教ふ。
相与(とも)に簡子の厩に之(ゆ)きて馬を観る。
一人、踶馬を挙げ、其の一人、後に従ひて之に循(したが)ふ。三たび其の尻を撫すれども馬、踶せず。
此れ自ら以て相を失へりと為す。
其の一人曰く、子、相を失へるに非ず。此れ其の馬為(た)るや、踒肩(わけん)にして腫膝(しょうしつ)。
夫れ踶馬なる者は、後を挙げて前に任ず。腫膝は任ず可からざるなり。故に後挙がらず。
子、踶馬を相するに巧なれども、腫膝に任ずるに拙し、と。
夫れ事は必ず帰する所有り。而かも腫膝する所有るを以て任ぜず。智者の独り知る所なり。
恵子曰く、猿を柙中(こうちゅう)に置けば、則ち豚と同じ、と。
故に勢の便ならざるは、能を逞しくする所以に非ざるなり。


衛の将軍文子、曾子を見る。
曾子起たずして、坐席に延(ひ)き、身を奥に正す。
文子、其の御に謂ひて曰く、曾子は愚人なるかな。
我を以て君子と為さんか。君子安(いづ)くんぞ敬する毋(な)かる可けんや。
我を以て暴人と為さんか。暴人安(いづ)くんぞ侮る可けんや。
曾子、僇(りく)せられずんば命さいはひ、と。


鳥、翢翢(とうとう)といふ者有り。
重首にして屈尾。将(まさ)に河に飲まんと欲せば、則ち必ず顚(てん)す。乃ち其の羽を銜(ふく)みて之を飲ましむ。
人の飲むに足らざる有る所の者は、其の羽を索めざる可からざるなり。


鱣(せん)は蛇に似、蚕(さん)は蠋(しょく)に似たり。
人、蛇を見れば則ち驚駭(きょうがい)し、蠋を見れば則ち毛起す。
漁者、鱣を持し、婦人、蚕を拾ふ。
利の在る所、皆、賁諸(ほんしょ)と為る。


伯楽、其の憎む所の者に千里の馬を相するを教へ、其の愛する所の者に駑馬を相するを教ふ。
千里の馬は時に一あるのみ。其の利、緩なり。
駑馬は日びに售(う)れ、其の利、急なり。
此れ周書に所謂下言(かげん)にして上用する者、惑なり。


桓赫曰く、刻削(こくさく)の道、鼻は大に如くは莫く、目は小に如くは莫し。
鼻大なるは小にす可し。小なるは大にす可からざればなり。
目小なるは大にす可し。大なるは小にす可からざればなり、と。
事を挙ぐるも亦然り。
其の復(ふたた)びす可からざる者の為にせば、則ち事敗るる寡なし。


崇侯悪来(しゅうこう、おらい)は紂の誅、適度に(あ)はざるを知りて、武王の之を滅すを見ず。
比干子胥は、其の君の必ず亡ぶるを知りて、身の死するを知らず。
故に曰く、崇侯悪来は心を知りて事を知らず。比干子胥は事を知りて心を知らず、と。
聖人は其れ備はる。


宋の太宰、貴くして断を主(つかさど)る。
季子、将(まさ)に宋君を見んとす。
梁子、之を聞きて曰く、語らば必ず太宰と三坐す可し。然らずんば将(まさ)に免れざらんとす、と。
季子、因(よ)りて説くに主、貴びて国を軽んずるを以てす。


楊朱の弟、楊布、素衣を衣(き)て出づ。
天、雨ふる。
素衣を解き、緇衣(しい)を衣(き)て反(かへ)る。
其の狗知らずして之に吠ゆ。
楊布怒りて将(まさ)に之を撃たんとす。
楊朱曰く、子、撃つ毋(なか)れ。子も亦、是の猶(ごと)くならん。
曩(さき)に女(なんぢ)の狗をして白くして往き、黒くして来らしめば、子、豈に能く怪しむ毋(なか)らんや。


恵子曰く、羿、㺵(けつ)を執り扞(かん)を持し、弓を操りて機を関せば、越人も争ひて為に的を持たん。
弱子弓を扞(ひ)かば、慈母も室に入りて戸を閉ぢん。
故に曰く、必ず可くんば則ち越人も羿を疑はず、必す可からずんば則ち慈母も弱子を逃る、と。


桓公、管仲に問ふ。富に涯有るか、と。
答へて曰く、水の涯以(た)る、其の水無き者なり。富の涯以(た)る、其の富已に足る者なり。
人、自ら足るに止(とど)まる能はず。而して亡(むし)ろ其れ富の涯あらんや、と。


宋の富賈に監止子といふ者有り。
人と争(きそ)ひて百金の璞玉を買ふ。
因(よ)りて佯(いつわ)り失して之を毀(こぼ)ち、其の百金を負(つぐな)ふ。
而して其の毀瑕(きか)を理して千鎰を得たり。
事、之を挙げて敗るる有り、而も其の之を挙ぐる毋(な)きに賢(まさ)るといふ者有り。
負の時なり。


御を以て荊王に見(まみ)えんと欲する者有り。
衆騶(しゅうすう)之を妒(ねた)む。
因(よ)りて臣能く鹿を撽(う)つと曰ひて王に見(まみ)えたり。
王、為に御して鹿に及ばず。
自ら御して之に及ぶ。
王の其の御を善するや、乃ち衆騶の之を妒(ねた)むを言へり。


荊、公子に令して将(まさ)に陳を伐たんとす。
丈人(じょうじん)之を送りて曰く、晋は強し。慎まざる可からず、と。
公子曰く、丈人奚ぞ患へん。吾、丈人の為に晋を破らん、と。
丈人曰く、可。吾、方(まさ)に陳の南門の外に盧せん、と。
公子曰く、是れ何ぞや、と。
曰く、我、句踐を笑ふなり。人為るの是の如く其れ易くば、独り何ぞ密密十年の難きを為さんや、と。


堯、天下を以て許由に譲る。
許由之を逃る。
家人に舎す。家人其の皮冠を蔵(かく)す。
夫れ天下を弃(す)てて、家人其の皮冠を蔵す。
是れ許由を知らざる者なり。


三虱(しつ)相与(あいとも)に訟(あらそ)ふ。
一虱之に過(よ)ぎりて曰く、訟(あらそ)ふる者は奚(なに)の説ぞ、と。
三虱曰く、肥饒(ひじょう)の地を争ふなり、と。
一虱曰く、若(なんぢ)亦臘(ろう)の至りて茅の燥(や)くるを患へざるか。若(なんぢ)又奚(なん)ぞ患ふる、と。
是に於て乃ち相与(あいとも)に聚(あつまり)て、其の母を嘬(かじ)りて之を食ふ。
彘(いのこ)臞(や)せたり。
人乃ち殺さず。


蟲に蚘(かい)といふ者有り。
一身両口。争ひて相齕(か)む。
遂に相食ひ、因(よ)りて自ら殺す。
人臣の事を争ひて其の国を亡す者、皆蚘(かい)の類なり。


宮に堊(あく)有り。
器に滌(でき)有らば、則ち潔し。
身を行ふも亦然り。
滌堊の地無ければ則ち非寡(すく)なし。


公子糾(きゅう)、将(まさ)に乱を為さんとす。
桓公、使者をして之を視しむ。
使者、報じて曰く、笑へども楽しまず。視れども見ず。必ず乱を為さん、と。
乃ち魯人をして之を殺さしむ。


公孫弘、髪を断ちて越王の騎と為る。
公孫喜、人をして之と絶たしめて曰く、吾、子と昆弟(こんてい)為(た)らじ、と。
公孫弘曰く、我は髪を断つのみ。子は頸を断ちて人の為に兵を用ふ。我、将(まさ)に子を何とか曰はん、と。
周南の戦、公孫喜死せり。


悍者(かんしゃ)と隣するもの有り。
宅を売りて之を避けんと欲す。
人曰く、是れ其の貫、将(まさ)に満たんとす、と。
遂に之を去る。
或る人曰く、之(ゆ)く勿れ。子、姑(しばら)く之を待て、と。
答へて曰く、吾、其れ我を以て貫を満たさむを恐る、と。
遂に去る。
故に曰く、物の幾は靡(び)にすべき所に非ざるなり。


孔子、弟子に謂ひて曰く、孰(た)れか能く子西の名を釣るを導くものぞ、と。
子貢曰く、賜(し)や能くせむ、と。
乃ち之を導く。
復(ま)た疑はず。
孔子曰く、寛なるかな。利に被らず、絜(けつ)なるかな。民性、恒有り。曲を曲と為し、直を直と為す。子西、免れじ、と。
白公の難に子西死せり。
故に曰く、行に直(なお)き者は欲に曲がる、と。


晋の中行文子、出亡して県邑に過(よ)ぎる。
従者曰く、此の嗇夫(しょくふ)は公の故人なり。公、奚(なん)ぞ休舎して且(しばら)く後車を待たざる、と。
文子曰く、吾嘗て音を好む。此の人、我に鳴琴を遣れり。吾、珮(はい)を好む。此の人、我に玉環を遣れり。
是れ我が過(あやまち)を振(すく)はざる者なり。以て容を我に求むる者なり。
吾、其の我を以て容を人に求めんを恐る、と。
乃ち之を去る。
果(はた)して文子の後車二乗を収めて、之を君に献じたり。


周趮(しゅうそう)、宮他(きゅうた)に謂ひて曰く、我が為に斉王に謂ひて曰へ。斉を以て我を魏に資せば、請ふ、魏を以て王に事(つか)へしめん、と。
宮他曰く、不可。是れ之に魏無きを示すなり。斉王必ず魏無き者に資して以て魏有る者を怨ましめざらん。
公、王の欲する所を以てせよ。
臣請う、魏を以て王に聴かしめむと曰ふに如かず。斉王必ず以て公を魏有りと為し、必ず公に因(よ)らん。
是れ公、斉有るなり。因(よ)りて以て斉魏有らむ、と。


白圭、宋令尹に謂ふ。
曰く、君長せば自ら政を知らん。公、事無けん。
今、君は少主なり。而して名を務む。
君の孝を荊をして賀せしむるに如かざるなり。
則ち君、公の位を奪はずして、大に公を敬重せん。
則ち公、常に宋に用ひられん。


管仲鮑叔、相謂ひて曰く、君の乱甚(はなはだ)し。必ず国を失はん。
斉国の諸公子、其の輔(たす)く可き者は、公子糾に非ずんば則ち小白なり。
子と人ひと一人に事(つか)へん。先づ達する者は相収めん、と。
管仲乃ち公子糾に従ひ、鮑叔小白に従ふ。
国人果たして君を弑す。
小白先づ入りて君と為る。
魯人、管仲を拘して之を効(いた)す。
鮑叔言ひて之を相とす。
故に諺に曰く、巫咸(ふかん)善く祝すと雖も、自ら祓ふ能はず。
秦医善く除(をさ)むと雖も、自ら弾ずる能はざるなり、と。
管仲の聖を以てして、而かも鮑叔の助を待つ、此れ鄙諺(ひげん)に所謂虜自ら裘(きゅう)を売りて售(う)れず。
士自ら弁を誉めて信ぜられざる者なり。


荊王、呉を伐つ。
呉、沮衛蹷融(しょえいけつゆう)をして荊師を犒(ねぎら)はしむ。
荊の将軍曰く、之を縛せよ。殺して以て鼓に釁(ちぬ)らむ、と。
之に問ひて曰く、汝来(きた)るとき卜(ぼく)せしか、と。
答へて曰く、卜せり、と。
卜、吉なりしか、と。
曰く、吉なりき、と。
荊人曰く、今、荊、将(まさ)に女(なんぢ)を欲(ころ)して鼓に釁(ちぬ)らん、と。
其れ何ぞや、と。
答へて曰く、是れ故(もと)より其の吉なる所以なり。
呉の人をして来(きた)らしむるなり。固(もと)より将軍の怒るを視しむるなり。
将軍怒らば、将(まさ)に溝を深くし塁を高くせんとす。
将軍怒らずんば、将(まさ)に懈怠(かいたい)せんとす。
今や将軍臣を殺さば則ち呉必ず警守せん。
且つ国の卜する、一臣の為に卜するに非ず。
夫れ一臣を殺して一国を存せば、其れ吉と言はずして何ぞや。
且つ死者知る無くんば、則ち臣を以て鼓に釁(ちぬ)るとも益無けん。
死者知る有らば、臣、将(まさ)に戦の時に当たりて、臣、鼓をして鳴らざらしめんとす、と。
荊人因(よ)りて殺さず。


智伯、将(まさ)に仇由(きゅうゆう)を伐たんとす。
而れども道、難にして通ぜず。
乃ち大鐘を鋳て仇由の君に遣る。
仇由の君、大いに説(よろこ)び、道を除して将(まさ)に之を内(い)れんとす。
赤章曼枝(せきしょうまんし)曰く、不可。此れ小の大に事(つか)ふる所以なり。
而るに今や大以て来たる。卒必ず之に隨はん。内(い)る可からざるなり、と。
仇由の君聴かず。
遂に之を内(い)る。
赤章曼枝、因(よ)りて轂(こく)を断ちて駆る。
斉に至る。
七月にして仇由亡(ほろ)ぶ。


越、已に呉に勝つ。
又、卒を荊に索(もと)めて晋を攻む。
左史倚相(いそう)、荊王に謂ふ。
曰く、夫(そ)れ越、呉を破る。豪士死し、鋭卒尽き、大甲傷(きずつ)く。今又、卒を索(もと)めて以て晋を攻む。我に病(つか)れざるを示すなり。師を起こして以て分かたんには如かず、と。
荊王曰く、善し、と。
因(よ)りて師を起こして越に従ふ。
越王怒り、将(まさ)に之を撃たんとす。
大夫種(しょう)曰く、不可。吾が豪士尽き、大甲傷(きずつ)く。我与(とも)に戦はば、必ず剋(か)たじ。之に賂(まかな)ふに如かず、と。乃ち露山の陰五百里を割きて以て之に賂(まかな)ふ。


荊、陳を伐つ。
呉、これを救ふ。
軍間三十里。雨ふる、十日。夜、星みゆ。
左史倚相(いそう)、子期に謂ひて曰く、雨ふる、十日。甲輯(あつま)り、兵聚(あつま)る。呉人必ず至らむ。之に備ふるに如かず、と。
乃ち陳(じん)を為す。
陳未だ成らずして呉人至り、荊の陳せるを見て反(かえ)る。
左史曰く、呉、反覆六十里。其れ君子は必ず休(いこ)ひ、小人は必ず食はむ。我行く三十里。之を撃たば必ず敗る可きなり、と。
乃ち之を従(お)ふ。
遂に呉軍を破る。


韓趙相与(とも)に難を為す。
韓子、兵を魏に索(もと)めて曰く、願くは師を借りて以て趙を伐たん、と。
魏文侯曰く、寡人、趙と兄弟たり。以て従ふ可からず、と。
趙、又兵を索(もと)めて韓を攻めんとす。
文侯曰く、寡人、韓と兄弟たり。敢へて従はず、と。
二国、兵を得ず。怒りて反(かへ)る。
已にして乃ち文侯の以て己を構するを知り、乃ち皆、魏に朝す。


斉、魯を伐ちて讒鼎(ざんてい)を索(もと)む。
魯人其の鴈(がん)を以て往かしむ。
斉人曰く、鴈なり、と。
魯人曰く、真なり、と。
斉曰く、楽正子春(がくせいししゅん)をして来たらしめよ。吾将(まさ)に子に聴かんとす、と。
魯君、楽正子春に請ふ。
楽正子春曰く、胡(なん)ぞ其の真を以て往かざるや、と。
君曰く、我、之を愛(をし)む、と。
答へて曰く、臣も亦臣の信を愛(をし)む、と。


韓咎(かんきゅう)立ちて君と為る。
未だ定まらざりしとき、弟、周に在り。
周、之を重んぜむと欲す。
而して韓咎の立てざるを恐る。
綦母恢(きぶかい)曰く、車百乗を以て之を送るに若(し)かず。立つを得れば因(よ)りて戒を為すと曰へ、立てずんば則ち来たりて賊を効(いた)すと曰へ、と。


靖郭君、将(まさ)に薛(せつ)に城(きず)かんとす。
客、以て諫むる者多し。
靖郭君、謁者に謂ひて曰く、客の為に通ずる毋(なか)れ、と。
斉人の見(まみ)えんと請ふ者有り。
曰く、臣請ふ、三言にして已(や)まん。三言を過ぎば、臣請ふ、烹(に)られん、と。
靖郭君、因(よ)りて之を見る。
客趨(はし)り進みて曰く、海大魚、と。
因(よ)りて反(かへ)り走る。
靖郭君曰く、請ふ、其の説を聞かん、と。
客曰く、臣敢へて死を以て戯(たわむれ)を為さず、と。
靖郭君曰く、願(ねがわ)くは、寡人の為に之を言へ、と。
答へて曰く、君、大魚を聞くか。網も止むる能はず。繳(つな)も絓(か)くる能はざるなり。
蕩(とう)して水を失へば、螻蟻も意を得ん。
今、夫(そ)れ斉も亦君の海なり。
君、長く斉を有(たも)たば、奚(なん)ぞ薛以て為さん。
君、斉を失はば、薛城を隆(たか)くして天に至ると雖も、猶ほ益無きなり、と。
靖郭君曰く、善し、と。
則ち輟(や)めて薛に城(きず)かず。


荊王の弟、秦に在り。
秦、出(いだ)さず。
中射の士曰く、臣に百金を資せば、臣能く之を出さん、と。
因(よ)りて百金を載せて晋に之(ゆ)き、叔向(しゅくきょう)を見て曰く、荊王の弟、秦に在り。秦、出さず。請ふ、百金を以て叔向に委せん、と。
叔向、金を受け、以て之、晋の平公を見て曰く、以て壺丘に城(きず)く可し、と。
平公曰く、何ぞや、と。
対(こた)へて曰く、荊王の弟、秦に在り。秦、出さず。是れ秦、荊に悪しきなり。必ず敢へて我が城(きず)くを禁ぜじ。
若(も)し之を禁ぜば、我は曰はん、我が為に荊王の弟を出せ。吾城(きず)かざるなり、と。
彼如(も)し之を出さば、以て荊に徳とす。
彼出さずんば、是れ卒に悪しきなり。
必ず敢へて我が壺丘に城(きず)くを禁ぜず、と。
公曰く、善し、と。
乃ち壺丘に城(きず)く。
秦公に謂ひて曰く、我が為に荊王の弟を出せ。吾城(きず)かず、と。
秦、因(よ)りて之を出す。
荊王、大いに説(よろこ)び、錬金百鎰(いつ)を以て晋に遺(おく)る。


闔盧(こうりょ)、郢(えい)を攻む。
戦ひて三たび勝つ。
子胥に問ひて曰く、以て退く可きか、と。
子胥対(こた)へて曰く、人を溺らす者、一飲にして止まば、則ち溺るる無けん。其の休まざるを以てするなり。之に乗じて以て之を沈むるに如かず、と。


鄭人、一子有り。
将(まさ)に宦せんとす。
其の家に謂ひて曰く、必ず壊れたる牆(かき)を築け。是れ不善の人、将(まさ)に窃(ぬす)まんとす、と。
其の巷人(こうじん)亦云へり。時をもて築かずして、人果たして之を窃(ぬす)めり。
其の子を以て智と為し、巷人の告ぐるを以て盗と為せり。


テーマ : 中国古典・名言
ジャンル : 学問・文化・芸術

韓非子 説林上 書き下し文

湯以(すで)に桀を伐つ。
而して天下の己を言ひて貪と為(な)さむを恐る。
因(よ)りて乃ち天下を務光に譲らむとす。
而して務光の之を受けむを恐る。
乃ち人をして務光に説(と)かしめて曰く、湯、君を殺す。而して悪声を子に伝えむと欲す。故に天下を子に譲らむとす、と。
務光因(よ)りて自ら河に投ず。


秦武王、甘茂をして為さむと欲する所を僕と行事とに択ばしむ。
孟卯(もうぼう)曰く、公、僕と為るに如かず。公の長ずる所は使なり。公、僕為りと雖も、王、猶ほ之をして公にせしめむ。公、僕の璽を佩(お)びて行事を為す。是れ官を兼するなり、と。


子圉(しぎょ)孔子を商の太宰に見(まみ)えしむ。
孔子出づ。
子圉入り客を請ひ問ふ。
太宰曰く、吾已に孔子を見て則ち子を視れば、猶ほ蚤虱(蝨)(そうしつ)の細なる者のごときなり。吾今之を君に見しめむ、と。
子圉、孔子の君に貴ばれむことを恐る。
因(よ)りて太宰に請ひて曰く、君已に孔子を見れば、孔子、亦た将(まさ)に之を視るに猶ほ蚤虱のごとくならむとす、と。
太宰因(よ)りて復(ま)た見しめざりき。


魏恵王、臼里の盟を為す。
将(まさ)に天子を復立せむとす。
彭喜、鄭君に謂ひて曰く、君聴く勿れ。大国は天子有るを悪(にく)み、小国は之を利とす。若(も)し君、大と聴かずんば、魏焉んぞ能(よ)く小と之を立てむや、と。


晋人、邢を伐つ。
斉桓公将(まさ)に之を救はむとす。
鮑叔曰く、太(はなは)だ蚤(はや)し。邢亡びずんば晋敝せず。晋敝せずんば斉重からず。且つ夫れ危きを持するの功は、亡を存するの徳の大なるに如かず。君晩(おそ)く之を救ひ、以て晋を敝し、斉、実に利し、邢亡ぶるを待ちて復た之を存す。其の名実の美なるに如かず、と。
桓公乃ち救はず。


子胥、出で走る。
邊候、之を得たり。
子胥曰く、上の我を索(もと)むるは、我が美珠有るを以てなり。今、我已に之を亡(うしな)へり。我且(まさ)に子取りて之を呑(の)めりと曰はむとす、と。
候、因(よ)りて之を釈(ゆる)せり。


慶封、乱を斉に為す。
而して越に走らむと欲す。
其の族人曰く、晋近し。奚ぞ晋に之(ゆ)かざる、と。
慶封曰く、越遠し。以て難を避くるに利(よろ)し、と。
族人曰く、是の心変ずるや、晋に居て可なり。是の心を変ぜざるや、越より遠しと雖も其れ以て安かる可けむや、と。


智伯、地を魏宣子に索(もと)む。
魏宣子、予(あた)へず。
任章曰く、何故に予へざる、と。
宣子曰く、故無くして地を請ふ。故に予へず、と。
任章曰く、故無くして地を索む。隣国必ず恐れむ。彼、重欲厭く無し。天下必ず懼れむ。君、之に地を予へば、智伯必ず驕りて敵を軽んじ、隣邦必ず懼れて相親しまむ。相親しむの兵を以て敵を軽んずるの国を待つ。則ち智伯の命、長からず。
周書に曰く、将(まさ)に之を敗らむと欲せば、必ず姑(しばら)く之を輔け、将(まさ)に之を取らむと欲せば、必ず姑(しばら)く之を予(あた)へよ、と。
君、之に予へて以て智伯を驕らしむるに如かず。且つ君何ぞ天下を以て智氏を図ることを釈(す)てて、独り吾が国を以て智伯の質と為さむや、と。
君曰く、善し、と。
乃ち之に万戸の邑を与(あた)ふ。
智伯、大いに説(よろこ)び、因(よ)りて地を趙に索(もと)む。
与えず。
因(よ)りて晋陽を囲む。
韓魏之に外に反し、趙氏之に内に応ず。
智氏自(よ)りて亡ぶ。


秦の康公、台を築くこと三年。
荊人、兵を起こし、将(まさ)に兵を以て斉を攻めむと欲す。
任妄(じんぼう)曰く、饑は兵を召(まね)き、疾は兵を召(まね)き、労は兵を召(まね)き、乱は兵を召(まね)く。君、台を築くこと三年。今、荊人、兵を起こして、将(まさ)に斉を攻めむとす。臣、其の斉を攻むるを声と為して、秦を襲ふを以て実と為さむを恐る。之に備ふるに如かず、と。
東辺に戍す。
荊人、行を輟(や)む。


斉、宋を攻む。
宋、藏孫子をして南、救ひを荊に求め、荊、大いに説(よろこ)び、之を救ふを許して甚だ歓す。
藏孫子憂へて反る。
其の御、曰く、救ひを索(もと)めて得たり。今、子、憂色有るは何ぞや、と。
藏孫子曰く、宋、小にして、斉、大なり。夫れ小宋を救ひて大斉に悪(にく)まるる、此れ人の憂ふる所以なり。而るに荊王の説(よろこ)ぶは、必ず以て我を堅くするなり。我堅くして斉敝す。荊の利とする所なり、と。
藏孫子乃ち帰る。
斉人、五城を宋に抜く。
而かも荊の救ひ、至らず。


魏の文侯、道を趙に借りて中山を攻めむとす。
趙の肅侯、将(まさ)に許さざらむとす。
趙刻曰く、君過(あやま)てり。魏、中山を攻めて取る能わずんば、則ち魏必ず罷(つか)れむ。罷(つか)るれば則ち魏軽し。魏軽ければ則ち趙重し。魏、中山を抜くとも、必ず趙を越へて中山を有(たも)つ能わざるなり。是れ兵を用ふる者は魏なり。
而して地得る者は趙なり。君必ず之を許せ。之を許して大いに歓せば、彼、将(まさ)に君の之を利するを知らむとす。必ず将(まさ)に行を輟(や)めむとす。君、之に道を借し、示すに已むを得ざるを以てするに如かざるなり、と。


鴟夷子皮(しいしひ)、田成子に事(つか)ふ。
田成子、斉を去り走りて燕に之(ゆ)く。
鴟夷子皮、伝を負ひて従ふ。
望邑に至る。
子皮曰く、子、独り涸沢の蛇を聞かざるや。涸沢の蛇将(まさ)に徙(うつ)らむとす。小蛇有り。大蛇に謂ひて曰く、子、行ひて我之に隨はば、人、以為(おも)へらく蛇の行く者のみ、と。必ず子を殺す有らむ。相銜(ふく)みて我を負ひて以て行くに如かず。人、我を以て神君と為さむや。乃ち相銜負(かんふ)して以て公道を越へて行く。人皆之を避けて曰く、神君なり、と。
今、子は美にして我は悪(にく)し。子を以て我が上客と為さば、千乗の君なり。子を以て我が使者と為さば、万乗の卿なり。子、我が舎人と為るに如かず、と。
田成子、因(よ)りて伝を負ひて之に隨ふ。
逆旅に至る。
逆旅の君、之を待する甚だ敬し、因(よ)りて酒肉を献ず。


温人、周に之(ゆ)く。
周、客を納(い)れず。
之に問ひて曰く、客か、と。
対(こた)へて曰く、主人なり、と。
其れ巷人に問へども、知らざるなり。
吏、因(よ)りて之を囚(とら)ふ。
君、人をして之に問はしめて曰く、子は周人に非ず。而して自ら客に非ずと謂ふは何ぞや、と。
対(こた)へて曰く、臣、少(わか)かりしとき詩を誦す。曰く、普天の下、王土に非ざるは莫し。率土の浜、王臣に非ざるは莫し、と。今、君は天子なり。則ち我は天子の臣なり。豈に人の臣と為りて、又之が客と為る有らむや。故に主人と曰ふなり、と。
君、之を出ださしむ。


韓の宣王、樛留(きゅうりゅう)に謂ひて曰く、吾、公仲、公叔を両用せむと欲す。其れ可ならむか、と。
対(こた)へて曰く、不可なり。晋、六卿を用ひて国、分かれ、簡公、田成、闞止を両用して、簡公殺され、魏、犀首、張儀を両用して西河の外、亡(うしな)ふ。
今、王、之を両用せば、其の力多き者は其の党を樹(た)て、力寡なき者は外権を借らむ。群臣、内、党を樹(た)てて以て主に驕る。外、交を為して以て地を削る。則ち王の国、危ふし、と。


紹績昧(しょうせきまい)、酔寝して其の裘(きゅう)を亡(うしな)ふ。
宋君曰く、酔は以て裘を亡(うしな)ふに足るか、と。
対(こた)へて曰く、桀は酔を以て天下を亡(うしな)へり。而して庚誥(こうこう)に曰く、酒を彝(つね)にする毋(なか)れ、と。
酒を彝(つね)にすとは、酒を常にするなり。
酒、常にする者、天子は天下を失ひ、匹夫は其の身を失ふ。


管仲、隰朋、桓公に従ひて孤竹を伐つ。
春往きて冬反(かへ)る。
迷惑して道を失ふ。
管仲曰く、老馬の智、用ふ可きなり、と。
乃ち老馬を放ちて之に隨ふ。
遂に道行を得たり。
山中水無し。
隰朋曰く、蟻、冬は山の陽(みなみ)に居り、夏は山の陰(きた)に居る。蟻壌一寸にして、仞(じん)に水有り、と。
乃ち地を掘る。
遂に水を得たり。
管仲の聖と隰朋の智とを以てして、其の知らざる所に至れば、老馬と蟻とを師とするを難(はばか)らず。
今、人、其の愚心を以てして聖人の智を師とするを知らず。
亦た過たずや。


不死の薬を荊王に献ずる者有り。
謁者之を操りて以て入る。
中射の士、問ひて曰く、食ふ可きか、と。
曰く、可なり、と。
因(よ)りて奪ひて之を食ふ。
王、大いに怒り、人をして中射の士を殺さしむ。
中射の士、人をして王に説かしめて曰く、臣、謁者に問ふに、食ふ可しと曰へり。臣、故に之を食へり。是れ臣、罪無くして、罪謁者に在るなり。 且つ客、不死の薬を献じ、臣、之を食ひて、王、臣を殺さば、是れ死薬なり。是れ客、王を欺くなり。夫れ無罪の臣を殺して、人の王を欺くを明らかにせむよりは、臣を釈(ゆる)すに如かず、と。
王乃ち殺さず。


田駟(でんし)、鄒君を欺く。
鄒君将(まさ)に人をして之を殺さしめむとす。
田駟恐れて恵子に告ぐ。
恵子、鄒君に見(まみ)えて曰く、今、人有り。君を見れば則ち其の一目を䀹(しょう)す。奚如(いか)ん、と。
君曰く、我必ず之を殺さむ、と。
恵子曰く、瞽(こ)は両目を䀹(しょう)す。君奚為(なんすれ)ぞ殺さざる、と。
君曰く、䀹(しょう)する勿(な)き能はざればなり、と。
恵子曰く、田駟、東、斉侯を慢(あなど)り、南、荊王を欺く。駟の人を欺くに於ける、瞽なり。君奚(なん)ぞ怨みむ、と。
鄒君乃ち殺さず。


魯、穆公、衆公子をして或は晋に宦し、或は荊に宦せしむ。
犁鉏(りしょ)曰く、人を越に仮(か)りて溺子を救ふ。越人、善く遊(およ)ぐと雖も、子は必ず生きじ。火を失ひて水を海に取る。海水多しと雖も、火必ず滅せじ。遠水は近火を救はざればなり。
今、晋と荊、強しと雖も、而れども斉近し。魯、患(おそらく)は其れ救はれざらむか、と。


厳遂、周君に善からず。
周君、之を患ふ。
馮沮(ひょうしょ)曰く、厳遂は相にして、韓傀(かんかい)君に貴ばる。賊を韓傀に行はむに如かず。則ち君必ず以て厳氏と為さむ、と。


張譴(ちょうけん)、韓に相たり。
病みて将(まさ)に死せむとす。
公乗無正、三十金を懐にして其の疾を問ふ。
居ること一月。
韓王、自ら張譴に問ひて曰く、若(も)し子死せば、将(まさ)に誰をか子に代らしめむとする、と。
答へて曰く、無正は法を重んじて上を畏る。然りと雖も、公子食我の民を得るに如かざるなり、と。
張譴死す。
因(よ)りて公乗無正を相とす。


楽羊、魏の将と為りて中山を攻む。
其の子、中山に在り。
中山の君、其の子を烹て、之に羹を遺(おく)る。
楽羊、幕下に坐して之を啜り、一杯を尽くす。
文侯、堵師贊に謂ひて曰く、楽羊、我の故を以て、其の子の肉を食へり、と。
答へて曰く、其の子すら之を食らふ。且(は)た誰をか食らはざらむ、と。
楽羊、中山を罷(や)む。
文侯、其の功を賞して其の心を疑ふ。

孟孫、猟(かり)して麑(げい)を得たり。
秦西巴をして之を載せて持ち帰らしむ。
其の母之に隨ひて啼く。
秦西巴、忍びずして之に与ふ。
孟孫、帰り至りて麑(げい)を求む。
答へて曰く、余(われ)忍びずして其の母に与へたり、と。
孟孫、大いに怒りて之を逐ふ。
居ること三月。
復(ま)た召して以て其の子の傅(ふ)と為す。
其の御(ぎょ)曰く、曩(さき)には将(まさ)に之を罪せむとし、今は召して以て子の傅と為す。何ぞや、と。
孟孫曰く、夫(そ)れ麑(げい)に忍びず。又且(は)た吾が子に忍びむや、と。

故に曰く、巧詐は拙誠に如かず、と。
楽羊は功有るを以て疑はれ、秦西巴は罪有るを以て益ます信ぜらる。


曾従子は善く剣を相する者なり。
衛君、呉王を怨む。
曾従子曰く、呉王、剣を好む。臣は剣を相する者なり。臣請ふ、呉王の為に剣を相し、抜きて之を示し、因(よ)りて君が為に之を刺さむ、と。
衛君曰く、子の之を為す、是義に縁(よ)るに非ず。利の為にするなり。呉は強くして富み、衛は弱くして貧し。子、必ず往かば、吾恐る、子、呉王の為に之を我に用ひんを、と。
乃ち之を逐ふ。


紂、象箸を為(つく)る。
而して箕子怖(おそ)る。
以為(おもへ)らく象箸、羹を土簋(どき)に盛らじ。則ち必ず犀玉の杯ならむ。
玉杯象箸、必ず菽藿(しゅくかく)を盛らじ。則ち必ず旄象豹胎ならむ。
旄象豹胎、必ず短褐(裋褐(じゅかつ))を衣(き)て茅茨(ぼうし)の下に舍(やど)らじ。則ち必ず錦衣九重、高台広室ならむ。
此れに称(とな)へて以て求めば、則ち天下も足らずや、と。
聖人、微を見て以て萌を知り、端を見て以て末を知る。
故に象箸を見て怖れしは、天下の足らざるを知ればなり。


周公旦已に殷に勝ち、将(まさ)に商蓋を攻めむとす。
辛公甲曰く、大は攻め難く、小は服し易し。衆小を服して大を劫(おびやか)すに如かず、と。
乃ち九夷を攻む。
而して商蓋服す。


紂、長夜の飲を為し、悞(たのし)みて(※悞は娛の誤りとする)以て日を失ふ。
其の左右に問ふに、尽く知らざるなり。
乃ち人をして箕子に問はしむ。
箕子、其の謂ひて曰く、天下の主と為りて、一国皆、日を失ふ。天下其れ危し。一国皆知らずして、我独り之を知る。吾れ其れ危し、と。
辞するに酔ひて知らざるを以てす。


魯人、身善く屨(くつ)を織り、妻善く縞(こう)を織るあり。
而して越に徙(うつ)らむと欲す。
或るひと之に謂ひて曰く、子必ず窮せむ、と。
魯人曰く、何ぞや、と。
曰く、屨(くつ)は之を履く為(ため)なり。而して越人は跣行(せんこう)す。縞(こう)は之を冠する為(ため)なり。而して越人は髪を被る。子の長ずる所を以て不用の国に游ぶ。窮する無からしめむと欲すとも、其れ得可けむや、と。


陳軫(ちんしん)魏王に貴ばる。
恵子曰く、必ず善く左右に事(つか)へよ。夫れ楊(やなぎ)は横に之を樹(う)うとも即ち生じ、倒(さかさま)に之を樹(う)うとも即ち生じ、折りて樹(う)うとも又生ず。
然るに十人をして之を樹(う)ゑしめ、而して一人をして之を抜かしめば、則ち生楊毋(な)からむ。十人の衆を以て生じ易き物を樹(う)ゑ、而かも一人に勝たざる者は何ぞや。之を樹(う)うるは難しくして之を去るは易しければなり。
子、自ら王に樹(う)うるに工(たくみ)なりと雖も、而れども子を去らむと欲する者は衆(おほ)し。子、必ず危うからむ、と。


魯の季孫、新たに其の君を弑す。
呉起仕ふ。
或ひと起に謂ひて曰く、夫れ死する者、始めて死して血す。已に血して衄(ぢく)す。已に衄(ぢく)して灰す。已に灰して土す。其の土に反るや、為す可き者無し。今、季孫は乃ち始めて血す。其れ毋(むし)ろ乃ち未だ知る可からざらむや、と。
呉起因(よ)りて去りて晋に之(ゆ)く。


隰斯弥、田成子を見る。
田成子、与(とも)に台に登りて四望す。
三面皆暢(の)ぶ。
南望は隰子の家の樹、之を蔽(おほ)へり。
田成子、亦た言はず。
隰子帰りて人をして之を伐らしむ。
斧、離すること数創。
隰子之を止む。
其の相室曰く、何ぞ変ずるの数(すみ)やかなる、と。
隰子曰く、古者(いにしへ)、諺有り。曰く、淵中の魚を知る者は不詳なり、と。
夫れ田子、将(まさ)に大事有らむとす。而して我之に微を知るを示さば、我必ず危し。樹を伐らざるは、未だ罪有らざるなり。人の言はざる所を知る、其の罪大なり、と。
乃ち伐らず。


楊子、宋に過(よ)ぎり、東、逆旅に之(ゆ)く。
妾二人有り。
其の悪(みにく)き者は貴く、美しき者は賤し。
楊子、其の故を問ふ。
逆旅の父(ほ)答へて曰く、美なる者は自ら美とす。吾其の美を知らざるなり。悪(みにく)き者は自ら悪(みにく)しとす。吾其の悪(みにく)きを知らざるなり、と。
楊子、弟子に謂ひて曰く、行(おこなひ)賢にして自ら賢とするの心を去らば、焉くに往くとして美とせられざらむ、と。


衛人、其の子を嫁して之に教へて曰く、必ず私(ひそか)に積聚(せきしゅう)せよ。人の婦と為りて出さるるは常なり。其の居を成すは幸なり、と。
其の子、因(よ)りて私(ひそか)に積聚す。
其の姑、以て私多しと為して之を出す。
其の子以(もち)て反(かへ)る所の者は、其の以(もち)て嫁する所に倍す。
其の父、自ら子を教ふるの非を罪せずして、而して自ら其の益ます富めるを知とす。
今、人臣の官に処る者、皆、是の類なり。


魯丹、三たび中山の君に説きて而も受けられず。
因(よ)りて五十金を散じて其の左右に事(つか)ふ。
復(ま)た見(まみ)ゆ。
未だ語らずして君之に食を与ふ。
魯丹、出でて舎に反(かへ)らず。
遂に中山を去る。
其の御(ぎょ)曰く、見るに及びて乃ち始めより我を善くす。何の故に之を去る、と。
魯丹曰く、夫れ人の言を以て我を善くす。必ず人の言を以て我を罪せむ、と。
未だ境を出でず。
而して公子、之を悪して曰く、趙の為に来り間(かん)す、と。
中山君、因(よ)りて索めて之を罪す。


田伯鼎、士を好みて其の君を存す。
白公、士を好みて荊を乱る。
其の士を好むは則ち同じ。其の為す所以は則ち異なり。
公孫支は自ら刖(あしき)りて百里を尊くし、豎刁は自ら宮して桓公に諂ふ。
其の自ら刑するは則ち同じ。其の自ら刑する所以の為は則ち異なり。
恵子曰く、狂者東に走れば、逐ふ者亦東に走る。其の東に走るは則ち同じ。其の東に走る所以の為は則ち異なり、と。
故に曰く、事を同じくするの人、審らかに察せざる可からざるなり、と。


テーマ : 中国古典・名言
ジャンル : 学問・文化・芸術

韓非子 八姦 書き下し文

凡そ人臣の道(よ)りて姦を成す所の者、八術有り。

一に曰く、同牀(どうしょう)に在り。
何をか同牀と謂ふ。
曰く、貴夫人、愛孺子、便僻(べんぺき)好色、此れ人主の惑ふ所なり。
燕処の虞(たのし)みに託し、醉飽(すいほう)の時に乗じて、其の欲する所を求む。
此れ必ず聴かるるの術なり。
人臣為(た)る者、内、之に事(つか)ふるに金玉を以てし、其の主を惑はさしむ。
此れ之を同牀と謂ふ。

二に曰く、旁に在り。
何をか旁に在りと謂ふ。
曰く、優笑、侏儒、左右近習、此れ人主未だ命ぜずして唯唯、未だ使はずして諾諾。
意に先だち旨を承け、貌(かたち)を観、色を察し、以て主の心に先だつなり。
此れ皆、倶に進み倶に退き、皆(とも)に応じ、皆(とも)に対し、辞を一にして軌を同じくし、以て主の心を移す者なり。
人臣為(た)る者、内、之に事(つか)ふるに金玉玩好を以てし、外、之が為に不法を行ひ、之をして其の主を化せしむ。
此れ之を旁に在りと謂ふ。

三に曰く、父兄。
何をか父兄と謂ふ。
曰く、側室、公子、人主の親愛する所なり。
大臣、廷吏は人主の与(とも)に度計する所なり。
此れ皆力を尽くし議を畢(つ)くし、人主の必ず聴く所なり。
人臣為(た)る者、公子、側室に事(つか)ふるに音声子女を以てし、大臣、廷吏を収むるに辞言処約を以てす。
事を言ふて事成れば、則ち爵を進め禄を益(ま)し、以て其の心を勧め、其の主を犯さしむ。
此れ之を父兄と謂ふ。

四に曰く、殃(おう)を養ふ。
何をか殃を養ふと謂ふ。
曰く、人主、宮室台池を美にするを楽しみ、子女狗(こう)馬を飾るを好み、以て其の心を娯(たのし)ましむ。
此れ人主の殃なり。
人臣為(た)る者、民、力を尽くして以て宮室台池を美にして、賦斂(ふれん)を重くし、以て子女狗馬を飾り、以て其の主を娯(たのし)ましめて、其の心を乱る。
其の欲する所に従ひて、私利を其の間に樹(た)つ。
此れ之を殃を養ふと謂ふ。

五に曰く、民萌(みんぼう)。
何をか民萌と謂ふ。
曰く、人臣為(た)る者、公財を散じて以て民人を説(よろこ)ばせ、小恵を行ひて以て百姓を取る。
朝廷市井をして皆己を勧誉(かんよ)せしめて、以て其の主を塞ぎ、而して其の欲する所を成す。
此れ之を民萌と謂ふ。

六に曰く、流行。
何をか流行と謂ふ。
曰く、人主は其の言談を固壅し、論議を聴くこと希れなり。
移すに弁説を以てし易し。
人臣為(た)る者、諸侯の弁士を求め、国中の能く説く者を養ひ、之をして以て其の私を語り、巧文の言、流行の辞を為さしめ、之を示すに利勢を以てし、之を懼(おど)すに患害を以てす。
虚辞を施属して以て其の主を壊(まどは)す。
此れ之を流行と謂ふ。

七に曰く、威強。
何をか威強と謂ふ。
曰く、人に君たる者、群臣百姓を以て威強と為す者なり。
群臣百姓の善とする所、則ち君、之を善とす。
群臣百姓の善とする所に非ずんば、則ち君、之を善とせず。
人臣為(た)る者、帯剣の客を聚め、必死の士を養ひ、以て其の威を彰(あら)はし、己の為にする者は必ず利し、己の為にせざる者は必ず死するを明らかにし、以て其の群臣百姓を恐(お)どして、其の私を行ふ。
此れ之を威強と謂ふ。

八に曰く、四方。
何をか四方と謂ふ。
曰く、人に君たる者、国小なれば則ち大国に事(つか)へ、兵弱ければ則ち強兵を畏る。
大国の索(もと)むる所は、小国必ず聴く。強兵の加ふる所は、弱兵必ず服す。
人臣為(た)る者、賦斂を重くし、府庫を尽くし、其の国を虚にし、以て大国に事(つか)へて其の威を用ひ、其の君を誘ふを求む。
甚だしき者、兵を挙げて以て辺境に聚め、内に制斂す。
薄き者は数(しば)しば大使を内(い)れ、以て其の君を震(おど)す。
之をして恐懼せしむ。
此れ之を四方と謂ふ。

凡そ此の八者、人臣の道(よ)りて姦を成す所以、世主壅劫(ようきょう)せられて其の有る所を失ふなり。
察せざる可からず。


明君の内に於けるや、其の色を娯(たの)しみて、其の謁(えつ)を行はず、私請せしめず。
其の左右に於けるや、其の身を使ふに、必ず其の言を責めて、辞を益さしめず。
其の父兄大臣に於けるや、其の言を聴くなり。
必ず罰を以て後に任ぜしむ。妄挙せしめず。
其の観楽玩好に於けるや、必ず之をして出づる所有らしむ。
擅に進めしめず。擅に退けしめず。
群臣をして其の意を虞(はか)らしめず。
其の徳施に於けるや、禁財を縦(はな)ち、墳倉を発(ひら)き、民に利なる者は必ず君に出づ。
人臣をして其の徳を私せしめず。
其の説議に於けるや、称誉者の善とする所、毀疵(きし)者の悪(にく)む所は、必ず其の能を実にし、其の過を察し、群臣をして相(あい)為(ため)に語らしめず。
其の勇力の士に於けるや、軍旅の功、踰賞(ゆしょう)無く、邑闘(ゆうとう)の勇、赦罪(しゃざい)無し。
群臣をして私財を行はしめず。
其の諸侯の求索に於けるや、法なれば則ち之を聴き、不法なれば則ち之を距(ふせ)ぐ。


所謂亡君は其の国を有する莫きに非ず。
而して之を有する者皆己の有に非ざるなり。
臣をして外を以て制を内に為さしむ。
則ち是れ人に君たる者、亡するなり。
大国に聴くは亡を救はむが為めなり。
而るに亡は聴かざるより亟(すむや)かなり。
故に群臣に聴かず。
群臣聴かざるを知れば、則ち外諸侯に(市)(う)らず。
諸侯聴かざるを之(し)れば、則ち臣の誣(し)ふるを受けず。

明君の官職爵禄を為すや、賢材を進め有功を勧むる所以なり。
故に曰く、賢材は厚禄に処り、大官に任ず。
功大なる者、尊爵有り重賞を受く。
賢を官にする者、其の能を量(はか)り、禄を賦する者、其の功を称(はか)る。
是を以て賢者、能を誣(し)ひて以て其の主に事(つか)へず。
功有る者、楽しみて其の業に進む。
故に事成り功立つ。

今は然らず。
賢不肖を課せず。
功労有るを論ぜず。
諸侯の重を用ひ、左右の謁(えつ)を聴き、父兄大臣、上、爵禄を上に請ひて、下、之を売りて以て財利を収む。
及(すなは)ち以て私党を樹(た)つ。
故に財利多き者、官を買ひて以て貴を為す。
左右の交有る者、請謁(せいえつ)以て重を成す。
功労の臣、論ぜられず。官職の遷、失謬(しつびゅう)す。
是を以て吏、官を偸(ぬす)みて外交し、事を弃(す)てて財に親しむ。
是を以て賢者懈怠して勧まず。
有功者隳(おこた)りて其の業を簡にす。
此れ亡国の風なり。


テーマ : 中国古典・名言
ジャンル : 学問・文化・芸術

韓非子 有度 書き下し文

国、常強無く、常弱無し。
法を奉ずる者強ければ則ち国強し。
法を奉ずる者弱ければ則ち国弱し。


荊の荘王、国を幷(あは)すこと二十六。
地を開くこと三千里。
荘王の社稷を氓(うしな)ふなり。
而して荊以て亡ぶ。

斉の桓公、国を幷(あは)すこと三十。
地を啓(ひら)くこと三千里。
桓公の社稷を氓(うしな)ふなり。
而して斉以て亡ぶ。

燕の襄王、河を以て境と為し、薊を以て国と為し、涿方城を襲(おか)し、斉を残し中山を平らぐ。
燕有る者重く、燕無き者軽し。
襄王の社稷を氓(うしな)ふなり。
而して燕以て亡ぶ。

魏の安釐王、趙を攻め燕を救ひ、地を河東に取り、攻めて陶魏の地を尽くし、兵を斉に加へ、平日陸の都を私す。
韓を攻めて管を抜き、淇下(きか)に勝つ。
睢陽の事、荊軍老いて走る。
蔡召陵の事、荊軍破れ、兵、天下に四布し、威、冠帯の国に行はる。
安釐死して魏以て亡ぶ。


故に荊荘斉桓公有れば、則ち斉荊以て覇たる可く、燕襄魏安釐有れば、則ち燕魏以て強かる可し。
今、皆国を亡ぼす者は、其の群臣官吏、皆乱るる所以を務めて、治まる所以を務めざればなり。
其の国、乱弱なり。
又皆国法を釈てて其の外に私す。
則ち是れ、薪を負ひて火を救ふなり。
乱弱甚し。

故に今の時に当りて、能く私曲を去りて公法に就く者、民安くして国治まる。
能く私行を去りて公法を行ふ者、則ち兵強くして敵弱し。

故に得失を審らかにし、法度の制有る者、以て群臣の上に加ふれば、則ち主、欺くに詐偽を以てす可からず。
得失を審らかにし、権衡の称有る者、以て遠事を聴けば、則ち主、欺くに天下の軽重を以てす可からず。


今若し誉を以て能を進めば、則ち臣、上を離れて下に比周す。
若し党を以て官を挙ぐれば、則ち民、交を務めて法を用ふるを求めず。
故に官の能を失ふ者、其の国乱る。

誉を以て賞を為し、毀を以て罰を為さば、則ち賞を好み罰を悪むの人、公行を釈てて私術を行ひ、比周以て相為にす。
主を忘れ、外に交わり、以て其の与を進むれば、則ち其の下、上の為にする所以の者薄し。
交衆(おほ)く与多く、外内朋党すれば、大過有りと雖も、其の蔽多し。
故に忠臣、非罪に危死し、姦邪の臣、無功に安利なり。

忠臣の危死する所以にして、其の罪を以てせずんば、則ち良臣、伏す。
姦邪の臣、安利なる、功を以てせずんば、則ち姦臣進む。
此れ亡の本なり。


是の若(ごと)くなれば則ち群臣、法を廃して私重を行ひ、公法を軽んじ、数(しば)しば能人の門に至り、一も主の廷に至らず。
私家の便を百慮し、一も主の国を図(はか)らず。
属数多しと雖も、君を尊ぶ所以に非ざるなり。
百官具すと雖も、国に任ずる所以に非ざるなり。
然らば則ち主、人主の名有りて、実は群臣の家に託するなり。

故に臣曰く、亡国の廷には人無し、と。
廷に人無しとは、朝廷の衰ふるに非ざるなり。


家、務めて相益し、国を厚くするを務めず、大臣、務めて相尊くして、君を尊ぶを務めず。
小臣、禄を奉じ交を養ひ、官を以て事と為さず。
此れ其の然る所以の者は、主の上、法に断ぜずして、下、之を為すに信(まか)すに由(よ)るなり。

故に明主、法をして人を択ばしむ。
自ら挙げざるなり。
法をして功を量(はか)らしむ。
自ら度(はか)らざるなり。

能者蔽(おほ)ふ可からず。
敗者飾る可からず。
誉むる者進むる能はず。
非(そし)る者退くる能わず。
則ち君臣の間、明弁にして治め易し。
故に主、法に讎すれば、則ち可なり。


賢者の人臣為(た)る、北面質を委し、二心有る無し。
朝廷には敢へて賤を辞せず、軍旅には敢へて難を辞せず。
上の為に順(したが)ひ、主の法に従ひ、虚心以て令を待ちて、是非する無きなり。
故に口有りて以て私言せず。
目有りて以て私視せず。
而して上、尽(ことごと)く之を制す。

人臣為(た)る者、之を譬(たと)ふるに手の若(ごと)し。
上、以て頭を修め、下、以て足を修む。
清暖寒熱、救はざるを得ず、鏌鋣(ばくや)体に傅(つ)けば、敢へて搏(と)らずんばあらず。
賢哲の臣に私する無く、智能の臣に私する無し。
故に民、郷越えて交わらず。
百里の慼(せき)無し。
貴賤相踰えず、愚智提衡して立つ。
治の至りなり。

今、夫れ爵禄を軽くし、去亡を易くし、以て其の主を択ぶは、臣、廉と謂はず。
説を詐り法に逆らひ、主に倍(そむ)きて強諫するは、臣、忠と謂はず。
恵を行ひ利を施し、下を収めて名と為すは、臣、仁と謂はず。
俗を離れ隠居して、以て上を非(そし)るは、臣、義と謂はず。
外、諸侯を使ひ、内、其の国を耗し、其の危険の陂(ひ)を伺ひ、以て其の主を恐れしめて曰ふ、交、我に非ずんば親しまず。
怨、我に非ずんば解けず、と。
而して主乃ち之を信じ、国を以て之に聴く。
主の名を卑しくして、以て其の身を顕し、国の厚を毀(こぼ)ちて、以て其の家を利するは、臣、智と謂はず。

此の数物は、険世の説にして、先王の法の簡(しりぞ)くるなり。


先王の法に曰く、臣、威を作(な)す或る毋(なか)れ。
利を作(な)す或る毋(なか)れ。王の指に従へ。
悪を作(な)す或る毋(なか)れ。王の路に従へ、と。
古は、世治の民、公法を奉じ、私術を廃し、意専らにし行を一にし、具して以て使を待つ。

夫れ人主と為りて、身(みずか)ら百官を察せば、則ち日足らず、力給せず。
且つ上、目を用ふれば則ち下、観を飾る。
上、耳を用ふれば則ち下、声を飾る。
上、慮を用ふれば則ち下、辞を繁くす。

先王、三者を以て足らずと為す。
故に己が能を舎(す)てて、法数に因(よ)り、賞罰を審らかにす。
先王の守る所は要なり。
故に法省きて侵されず、独り四海の内を制す。

聡智、其の詐を用ふるを得ず、陰躁、其の佞を関わふるを得ず、姦邪、依る所無し。
遠く千里の外に在るも、敢へて其の辞を易(か)へず、勢、郎中に在るも、敢へて善を蔽ひ非を飾らず。
朝廷、群下直湊し、単微にして敢へて相踰越(ゆえつ)せず。
故に治、足らずして、日、余り有り。
上の任勢然(しか)らしむるなり。


夫れ人臣の其の主を侵すや、地形の如し。
漸を即(つ)みて以て往き、人主をして端を失ひ、東西、面を易へて自ら知らざらしむ。
故に先王、司南を立てて、以て朝夕を端(ただ)す。
故に明主、其の群臣をして意を法の外に遊ばしめず、恵を法の内に為さざらしむ。
動くこと法に非ざる無し。
法、過遊を淩(ただ)し私を外にする所以なり。
厳刑は令を遂げ下を懲(こら)す所以なり。
威、貸錯せず。
制、門を共にせず。
威制共にすれば則ち衆邪彰(あらは)る。
法、信ぜずんば則ち君の行、危し。
刑、断ぜずんば則ち邪、勝(た)へず。

故に曰く、巧匠は目意、縄に中(あた)れども、然れども必ず先(ま)づ規矩(きく)を以て度と為す。
上智は捷挙(しょうきょ)事に中(あた)れども、必ず先王の法を以て比と為す、と。

故に縄、直にして枉木(おうぼく)斬られ、準、夷にして高科削らる。
権衡、県(かか)りて重、軽を益す。
斗石設けて多、少を益す。
故に法を以て国を治むるは、挙げて措くのみ。
法、貴に阿(おもね)らず、縄、曲に撓(たわ)まず。

法の加ふる所は、智者辞する能わず、勇者敢へて争わず。
過を刑するに大臣を避けず、善を賞するに匹夫を遺(す)てず。
故に上の失を矯(た)め、下の邪を詰(なじ)り、乱を治め繆を決し、羡(あまり)を絀(しりぞ)け非を斉(ひとし)くし、民を一にするの軌は、法に如くは莫し。
官を属(はげま)(厲)し民を威(おど)し、淫殆(いんたい)を退け、詐偽を止むるは、刑に如くは莫し。
刑重ければ則ち敢へて貴を以て賤を易(かは)らず。
法、審らかなれば則ち上、尊くして侵されず。
上、尊くして侵さざれば、則ち主、強くして守り要なり。

故に先王、之を貴みて之を伝ふ。

人主、法を釈てて私を用ふれば、則ち上下別(わか)たず。




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韓非子 主道 書き下し文

道は万物の始め、是非の紀なり。
是を以て明君、始(はじめ)を守り、以て万物の源を知り、紀を治めて以て善敗の端を知る。
故に虚静以て待ち、令、名をして自ら命ぜしむ。
事をして自ら定めしむ。
虚なれば則ち実の情を知る。
静なれば則ち動の正を知る。

言有る者、自ら名を為す。
事有る者、自ら形を為す。
形名参同すれば、君乃ち事無し。
之を其の情に帰す。

故に曰く、君、其の欲する所を見(あらは)す無かれ。
君、其の欲する所を見(あらは)さば、臣自ら将に雕琢(ちょうたく)せむとす。
君、其の意を見(あらは)す無かれ。
君、其の意を見(あらは)さば、臣将に自ら表異せむとす。

故に曰く、好を去り、悪を去り、臣、乃ち素を見(あらは)す、と。
旧を去り、知を去り、臣、乃ち自ら備ふ。

故に智有りて以て慮らず、万物をして其の処を知らしむ。
行有りて以て賢とせず。
臣下の因(よ)る所を観る。
勇有りて以て怒らず、群臣をして其の武を尽くさしむ。
是の故に智を去りて明有り。
賢を去りて功有り。
勇を去りて強有り。
群臣職を守り、百官常有り。
能に因(よ)りて之を使ふ。
是を習常と謂ふ。

故に曰く、寂乎(せきこ)として其れ位無くして処る。
漻乎(りょうこ)として其の所を得る莫し、と。
明君、上為す無くして、群臣、下に竦懼(しょうく)す。


明君の道、智者をして其の慮を尽さしめて、君因(よ)りて以て事を断ず。
故に君、智に窮せず。
賢者、其の材を勅(いた)し、君因(よ)りて之に任ず。
故に君、能に窮せず。
功有れば則ち君其の賢を有し、過(あやまち)有れば則ち臣其の罪に任ず。
故に君子、名に窮せず。
是の故に不賢にして賢者の師と為り、不智にして上智者の正と為る。
臣、其の労を有し、君、其の成功を有す。
此れ之、賢主の経と謂ふなり。


道は見る可からざるに在り。
用は知る可からざるに在り。
虚静にして事無く、闇を以て疵を見る。
見て見ず。聞きて聞かず。知りて知らず。
其の言を知りて以て往き、変ずる勿れ、更(あらた)むる勿れ。
以て参合して閲せよ。
官一人有り。
言を通ぜしむる勿れ。
則ち万物皆尽く、其の跡を函掩(かんえん)し、其の端を匿さば、下、原する能はず。

其の智を去り、其の能を絶たば、下、意(はか)る能はず。
吾が往く所以を保ちて之を稽同し、謹みて其の柄を執りて固く之を握り、其の望を絶ち、其の意を破り、人をして之を欲せしむる毋(なか)れ。

其の閉を謹まず、其の門を固くせずんば、虎乃ち将(まさ)に存せむとす。
其の事を慎まず、其の情を掩(おほ)わずんば、賊乃ち将(まさ)に生ぜむとす。
其の主を弑し、其の所に代わる。人、与(くみ)せざる莫し。故に之を虎と謂ふ。
其の主の側に処り、姦臣の為に其の主の忒(とく)を聞(うかが)ふ。
故に之を賊と謂ふ。
其の党を散じ、其の余りを収め、其の門を閉じ、其の輔を奪へば、国乃ち虎無し。
大、量る可からず、深、測る可からず。
形名を同合し、法式を審験し、擅に為す者誅すれば、国乃ち賊無し。


是の故に人主、五壅有り。
臣其の主を閉づるを壅と曰ひ、
臣財利を制するを壅と曰ひ、
臣擅(ほしいまま)に令を行ふを壅と曰ひ、
臣義を行ふを得るを壅と曰ひ、
臣人を樹(た)つるを得るを壅と曰ふ。

臣、其の主を閉づれば則ち主、明を失す。
臣、財利を制すれば則ち主、徳を失ふ。
臣、擅に令を行へば則ち主、制を失す。
臣、義を行ふを得ば則ち主、名を失ふ。
臣、人を樹(た)つるを得ば則ち主、党を失ふ。
此れ人主の独り擅にする所以なり。
人臣の操るを得る所以に非るなり。


人主の道、静退以て宝と為す。
自ら事を操(と)らずして、拙と巧とを知る。
自ら計慮せずして、福と咎とを知る。
是を以て言はずして善く応じ、約せずして善く増す。
言已に応ずれば則ち其の契を執る。
事已に増せば則ち其の符を操る。
符契の合する所、賞罰の生ずる所なり。

故に群臣、其の言を陳し、君其の言を以て其の事を授け、其の事を以て其の功を責む。
功其の事に当たり、事其の言に当たれば則ち賞し、功其の事に当たらず、事其の言に当たらずんば則ち誅す。
明君の道、臣言を陳して当たらざるをえず。
是の故に明君の賞を行ふや、曖乎、時雨の如し。
百姓其の沢を利す。
其の罰を行ふや、畏乎、雷霆の如し。
神聖も解く能はざるなり。
故に明君、賞を偷(も)する無く、罰を赦す無し。


賞偷(も)すれば則ち功臣其の業に墯(をこた)る。
罰赦さば則ち姦臣非を為し易し。
是の故に誠に功有れば、則ち疏賤と雖も必ず賞し、誠に過有れば、則ち近愛と雖も必ず誅す。
近愛必ず誅すれば、則ち疏賤の者怠らずして、近愛の者驕らざるなり。




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プロフィール

韓非子 集中講義 石川 武志

Author:韓非子 集中講義 石川 武志
東洋大学中国哲学文学科に学ぶ。
中国学を志して、およそ20年。
専門は韓非子を中心に、古代中国における諸子百家の思想、哲学。
春秋戦国時代の法家、韓非子の翻訳、研究と解説。
韓非子集中講義主宰。

通背拳の伝承、指導。
日本白猿通背拳研究会を設立。

儒学者、近藤篤山の研究。
第二十四号 論語指導士
(論語教育普及機構認定)
http://p-kies.net/rongo/#r1/

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